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#7 嫌いになるには、好きすぎた

「ずっと連絡しないで本当にごめん」

二度と来ないと思っていたメッセージが来たのは2週間が経った頃だった。努めて冷静にメッセージを返す。

「落ち着いたかな?こちらは大丈夫だよ」
「今週末会える?」

もちろん会いたい、すぐにでも。私が今、一番会いたくて会いたくて堪らない人。それなのに何故、人間は余計なことを考えてしまうのだろう。彼が提示した日は気を紛らわすために幼馴染との予定を入れた日だった。後になって思う。別れ話だとしてもされないよりはマシだ。この後長いこと辛くなるから。これが最後のチャンス、行っておけ。

けれど、当時の私はなんとも察しが悪いというか、それが最後になるなんて夢にも思っていなかった。この連絡をきっかけに私たちはまた続いていくのだと信じて疑わなかったし、意地が顔を出してしまった。音信不通にされた上、先約を断ってまで会いに行くのはどうなのかという意地。
今なら痛いほど分かる。意地というのは関係性がこれからも続いていく人に張るものだと。

これ以上文字のやり取りですれ違いたくなかった私は電話したいと申し出ていた。了承されたけれど、しばらく鳴らないスマホに胸騒ぎがした。ようやく鳴った着信音に、一呼吸おいて応対する。

「久しぶり。落ち着いた?」
「まぁ…落ち着いたよ」

懐かしい彼の声に泣きそうになる。

「また話したいときがきたら話してね」
「分かった」

ぎこちない会話。彼の声に明るさはなかった。

「今週末だけど、友達と会う約束をしていて会えないんだ、ごめんね。ほかに会えそうな日とかある?」
「…また連絡取り合おう」

最低限の会話しかしないと心に決めているかのようだった。これが、最期に聞いた彼の声。

後日こちらからリスケジュールの連絡を入れてみるも返信はなく、当日になって「ごめん、二日酔いで今日はしんどい」。

あぁ、終わった。さすがの私でも分かる。彼は別れたがっている。証拠がこれだけ揃って、受け入れられないのは私の心だけ。

「今週末は予定どうかな?」

しばらくしてそんな追撃メッセージを送ったけれど、完全なる自爆行為でしかなかった。意外にも既読は瞬時に付き、返事が来る兆しかな、なんて刹那に思ったけれどそんな訳なかった。今度こそ永遠の音信不通だった。



音信不通なんて自分の身に降りかかることだと思っていなかった。あの日、あの時、あの瞬間。ひとつひとつの選択を間違えていなければ、こんな形で彼を失わずに済んだのだろうか。でも、どれが間違いだったかも分からない。私はどこで間違え始めたのだろう。そもそも彼ははじめから終わらせるつもりで付き合っていたのだろうか。私が幸せを感じている瞬間、彼は何を思っていたのだろう。旅行行きたいね、という話は幻だったのか。はたまた本当に闇の底に沈んで苦しんでいるのだろうか。
見つからない答えを探しては、気を抜くと涙を零しそうになり、夜だけは部屋の中で一人我慢せず泣いた。

ふと思い出したのは、付き合いたての頃にどのくらいの頻度で会いたいか話した時のことだ。

「2週間以上会わないのは、俺は恋人って言わないと思う」

はっきりと紡がれた彼の言葉。
今私たちは1か月会えていない。あぁそっか。こんなところで伏線回収していくんだな。単なる偶然なんだろうけど、単なる偶然でもない気がしていた。


彼は嫌いになるきっかけを一つも置いていってくれなかった。いや、音信不通という切札を切って嫌われる予定だったのかもしれない。けれど、それで嫌いになれなかった私は、永遠に宙を彷徨う。

音信不通になる前の平凡なやり取りが何度も浮かんでくる。

「私〇〇くんの髪型めっちゃ好きなんだよね」
「じゃあ一生この髪型にしよう」

戯けた調子でそう言った彼。思い返す思い出が平凡であるほど、戻らない現実が哀しかった。
彼の一生は、まだ続いているのかな。

アプリで出会ってから3か月、多いとは言えない彼との思い出は、脳がひとつも忘れまいと丁寧に記憶に刻んでしまったようだった。お節介な機能だ。こんなことならはじめから哀しい思い出だけで良かったのに。

それでも日々は続いた。朝は起きて仕事は普段どおりこなし、食事もとらねばならなかった。
ただ、空白の時間は全て彼のことを考えた。
悔やんで、ほどいて、巻き戻して、また丁寧に悩み直すのが常だった。

考え得る理由は考え尽くしたけれど、はっきりと分かるのは「彼は私と連絡を取らない意志がある」いうことだけ。
やっぱり私は直接話してほしかった。理由なんて作り話でも良いから、彼自身の口から別れを告げてほしかった。


2か月余りが経過したその年の12月31日。彼に最後のLINEを送ることにした。それで全てを断ち切れるなんて思っていなかったけれど、形として、自分の気持ちに区切りを付けるために。何か少しでも自分の心に変化を生む可能性があるのなら、それに賭けたかった。

「自分の中で区切りにしたいので最後に連絡します。お付き合いしてくれてありがとう。負担になっていたらごめんね。これから仕事で忙しい時期って言ってたよね。身体に気をつけて、元気でね」

付け足しては切り取り、何度も何度も推敲した文章が頭にこびり付いて離れない。
彼の仕事はこれからの時期、帰宅する間も惜しむほど忙しくなると以前に聞いていた。上手く支えられるかな、なんて思っていたあの頃の自分。杞憂だったと笑いたくなる。だけど、とにかく身体を大切にして欲しいと伝えたかった。

送信してすぐにトーク履歴を全て消した。トーク履歴は思い出履歴だ。アプリから移行した頃の敬語で並べた言葉、付き合いたての熱を持ったやり取り、そして直近の一方通行に吐き落とした言葉。それらを消すことは、表面上だけでも彼との思い出を消すことだった。メッセージを彼が読んだかは分からない。でもこれで良かった、そう思うようにした。同時に彼に繋がる唯一の連絡先も消した。そうしないと追いかけてしまうのが私だ。でも、ブロックはできなかった。彼から返事は来なかった。


それからは気持ちを紛らわせるため、とにかく出会いの場に足を運び、その中で出会った人と縁あって1年で入籍した。落ち着いていて、優しくて、弱った時に受け止めて、安心感で包んでくれる人。私にはそういう人が合っていた。きっと、彼が求めていたのもそういう人で、だから私たちは、一緒にいられなかったんだろうな。


当時の彼の気持ちは、今なら少し分かる気がする。全て推測の域を出ないけれど、きっと彼は本当は結婚願望が薄い。それが最も大きな価値観の相違。私の仕事と手術が続き、図らずも会えない期間が長引いてしまったことで、色々と考える時間があったことだろう。このタイミングで、かつ情が湧く前に、離れる方が互いのためと思ったのだろう。

そして、彼は繊細で寄りかかられるのが苦手な人だと思う。彼の言葉通り受け取れば、仕事と家のことでしんどい時に、術後の弱った、しかも付き合いたての彼女に会わないといけないとなれば、逃げ出したくなるのも頷けてしまう自分がいた。

私も苦しかったけれど、彼も苦しかったはずだ。それを受け止められるのは私でなかったし、それでも一緒に居られるほど私たちは成熟していなかった。


最後のLINEに書けなかったこと。

  くんへ
付き合っている間一度も言ったことがなかったけれど、本当に大好きでした。あなたが初めての彼氏でよかったって、本当に私は思っていました。
髪型、眉毛の生え癖、運転の仕方、身に付けるもの、唇の形も首筋の匂いも、手を繋ぎたがるところも、「格好良い車にも憧れるけど、仕事で小回りが効く方が良いから」ってコンパクトカーに乗っていたところも、つまり全部が大好きでした。ひとつひとつ伝えれば良かったな。うんざりされても伝えれば良かった。わたしがあなたを大好きだったこと、少しでも伝わっていたのかな?


あなたの言葉や行動、態度、雰囲気の中に、嘘偽りのないものも含まれていたことは信じさせてください。


大好きだったのに。色んなことを焦ってしまって「いつでも待ってるね」って待てる私じゃなくてごめんね。


いっそのこと嫌いになれればって何度も思ったけれど、嫌いになるには、好きすぎたよ。

あれから世界はコロナ禍を迎えたけれど、元気でやっていますか。
どうかあなたが嘘を付かなくても包み込んでくれる世界でありますように。あなたの思う幸せにくるまれて、出来るだけ哀しいことが少ないように、穏やかな生活でありますように。幸せでいて、ってささやかながら思わせて。


もう会うことはないけれど。またいつか偶然出会えることがあったら真実を聞いてもいいかな。あなたの口から出たものは全部真実だから。


あなたへの想いはね、もう全部、過去形で書けるようになったよ。

「好き」って気持ちはさ、思ったときに言葉にしないとダメだね。あなたが教えてくれたことを思いながらこれからも生きるよ。


大好きでした。
私を幸せに導いてくれてありがとう。

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