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姉への妬みが感謝に変わった話(1)

突然ですが、皆さんは
ご自分の兄弟姉妹と仲が良いですか?
連絡はどれくらいの頻度でしたりしますか?

実は、私
お姉ちゃんと疎遠だった時期があるんです

2019年に私が隣県のプチ田舎(現在の我が家)に
引っ越したので今でも疎遠と言えば疎遠なんだけど
今のはただの疎遠w

そうでなくって、関係が拗れてしまい
心の距離が疎遠になっていた時期があったんです

私の実家は都区内の某所にあったんだけど
実家を2世帯住宅に建て替える前まで
姉家族は実家から徒歩数分のマンションに
住んでいました

姉は、専門学校を出て父のコネで就職
2年OLを生活を謳歌して
23歳で職場結婚すると同時に家を出て
旦那の職場(隣県)の近くのアパートに
新居を構えました

姉が養女で、実子の私とは
血がつながっていないと
両親から伝えられたのもこのタイミング
ずっと姉が血がつながっていないなんて
疑った事もないくらいに
両親は私達を分け隔てなく
本当の姉妹として育ててくれました

なので真実の告白(?)を受けても
5歳離れた姉とは見た目が全く違っていたので
あぁ〜どうりで似てない姉妹なワケだ
と納得したくらいで
テレビドラマのような劇的な事は何一つ
おきませんでした

姉が結婚してから1年もすると
姪っ子が生まれました
初めての孫に両親の目尻は下がりっぱなしw

もともと子ども好きな両親だし
でなきゃ、準備もなく急展開で
生後数日の赤子の養父母なんてなれないと
自分の子どもができて実感しましたね
妊娠期間なく母になるなんて…尊敬しかない

その数ヶ月後に姉は徒歩数分のマンションが
売り出されている事を見つけ
両親に直談判し援助を取り付け
旦那と姪を引き連れて引っ越して来た
しかも年子の次女を宿し大きな腹を抱えて
(そりゃぁ、近くに人手も欲しいか…)

当時、学生をしていた私は
よく2人姪の世話をしたり遊んだりしたので
赤ちゃんにも幼児にも慣れていたおかげで
息子さんの子育てに不安がほぼなかったし
役に立ったのはありがたかった
(遺伝的に子供が好きなのかも知れないし
 私の精神年齢が子供って説も。。。)

とにかくこの時点では、
とても仲良し家族だった事は間違いなく
よく姉のマンションに出入りしてたし
姉もほぼ皆勤賞な勢いで実家に来ていたし
一緒に買物に行ったりお出かけもした
(基本、私が運転手だけど…)

うちの両親はとても子ども好きなので
孫が近くにいる生活は
私が想う以上にとても幸せだったのだろうな

今思うと
『スープの冷めない距離』という言葉通り
実家とマンションの距離感が
ちょうど心地よかったのかも知れない

時は流れ、、、

姉が30才で生んだ甥っ子が2才になった頃
姉に深刻な遺伝病がある事が発覚した

手術は成功して日常生活に戻れたものの
定期的な受診と年に1回の内視鏡検査が
一生の義務(?)となった姉

実家の近くとはいえ
旦那も夜勤のある仕事だったし
3人の子育てに何かと不安があったのかもと
今になって思えるのだが…

姉は、実家を2世帯住宅に建て替え
一緒に住む事を強力にプッシュして来たのだ

私はと言うと
その頃、アラサーになっていたし
安定した収入もそれなりにあったから
ひとり暮らしをしたい気持ちもあったので
良い機会だと思って独立する事にし
また仕事に没頭していた

しかし

母の中には何かわだかまりがあったのか
急な環境変化に追いつけなかったのか
久々に、持病の双極性障害(1型)が
わりと激しめに躁転してしまい
入院する騒ぎになってしまった(涙)

母がいつ退院したか記憶にないのだけど
それから数年はそれなりに穏やかに
過ごしていたように思う
私も両親と姉家族が住む二世帯住宅に
暇がある時は顔を出していた

その生活に変化が訪れたのは…

父の死だった

父がいてこそバランスが保たれていたのだと
しみじみと思う 父偉大!

母が発病したのは、
私が5才、姉が10才の時だったらしい
病気に対する感情や
病気による影響も違ったのかも知れないし

私は高校くらいまでの事をほぼ覚えていないが
姉は子供の頃からの事を事細かに覚えている
そういった性格の違いというか
記憶のシステム?違いもあるし

長女と次女(戸籍上は長女だけど)という
立場の違いもあるし

何より数十年も前の事だから
精神病に対して今の何倍も偏見が強かったし
鬱ですら寛容な社会じゃないわけで
その辺の苦労もあったのかも知れない

とにかく姉は、
圧倒的なお父さんッ子だった(今でも)

父が亡くなってから
母と姉が衝突することもあったようだった
私が実家に行くと母がよく文句を言っていた

母も寄る年波があったのか足腰が弱り
家や外で転ぶ事が増えており
ある時、遂に骨折してしまい
心配した母の兄弟が勝手にヘルパーさんを
頼んだのが姉の気に障ったらしい
(姉は、自分の家に他人を入るのを
 極端に嫌うタイプ)

その頃、私はフリーランスになったばかりで
声がかかった仕事はすべて受けていたので
たまにしか実家に帰れなかったので
詳しい事情を知る由がない…

そして、2013年の早春
母は家の中で低体温症で倒れた
家の床暖房はついていたのに…

救急車で一番近い病院のERに運ばれた母
運が良かったのか悪かったのか
一命をとりとめたが車椅子生活になり
その後、2度ほど転院を経て
今の有料老人ホームへと入居
時折、『家に帰りたい』と言うものの
1度も実家の敷居をまたげていない

現在は、ほぼ寝たりになってしまったので
物理的に帰るのが難しくなったのだけど

以前、母の病院の帰りに
(母は実家の近くの精神科に通院していた)
時間があったから車椅子を押して
実家の直ぐ隣の隣の公園へ行った時

私は、母に聞いてみた

『折角だから、
 ウチ(実家)に寄ってみる?』

あんなに『家に帰りたい』と口にしていた母が

『施設に帰る』と言った
『家には、帰りたくない』と…

どうしようもなく
悲しく切なくなった

その頃から、私と姉の関係は拗れていった