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馬は高いレベルの自動運転

 最近は、自動運転の機能を持つ車が増えている。人にぶつかりそうになれば勝手に止まり、運転席に座るだけで設定した目的地まで運んでくれるらしい。夢のようだ。ぜひ我が家の30万キロ走ってくたびれてきたミニバンを、自動運転機能付きにしたい。

 先日に、近所の高齢のため引退した元農家から、驚く話を聞いた。車が一般人に普及し始めた頃、事故が頻発したらしい。それ自体は驚くことではないが、その理由はハンドルの操作を忘れてしまうからと聞いて、たまげた。

 操作ミスや周囲の確認不足なら分かるが、ハンドル操作を忘れたりする?実は、この辺りでは多くの人が、自動車の前に馬に乗っていたので、ハンドル操作に慣れていなかったらしい。馬は操作を忘れても大丈夫なんだ。うらやましい。

 車と馬の話を聞いて、10年近く前の思い出が脳裏に蘇った。モンゴルでお世話になったホームステイ先のおやじと、その愛馬のことだ。おやじは日に焼けて、歯がボロボロで、友達と酒を酌み交わすことが1番の楽しみらしい男だった。愛馬は、体が濃い茶色で、黒のたてがみがきりっとした雰囲気を醸し出す、すてきな馬だった。いつも家の近くで草を食べていた。

 ある日おやじは、馬に跨りふらりとどこかに出かけた。いつものように友達の家に行ったらしい。情報交換と酒盛りという重要な仕事が待っているのだろう。おやじが居ない間は、奥さんの乳製品加工を見たり、大鍋で小麦粉から作る焼きうどんを食べたり、放牧された家畜を見張ったり、楽しく過ごした。

 さて、朝から出かけたおやじが帰ってきたのは、日が傾きかけた夕方のことだった。地平線の彼方から近づいてくるおやじと馬の動きは、異常だった。おやじ、馬の上で踊ってる?若者たちのトリッキーな馬乗り自慢と同じ?

 段々とこちらに近づいてきて、詳しい状況が明らかになった。おやじ、泥酔している。左右に120度づつ傾きながら、今にも落馬しそうだった。馬は迷惑そうにまっすぐ家に歩いてきている。ようやくおやじは家に着き、馬から降りたらすぐベットで寝た。日本だったら、電車の終点まで行ってしまったり、街の片隅で眠り込んでしまったりしている泥酔おやじと同じだった。

 ほぼ寝ているおやじを乗せて、馬は使命を全うしたのだ。これこそ超優秀な自動運転ではないだろうか。おそらく途中で勝手に障害物を避けたり、燃料を補給したりしてくれたことだろう。この話を聞いた夫は、馬が家に帰りたかっただけだろうと言うけれど、私は、馬がおやじの意思を汲んで歩いてきたと思う。おやじが落ちたら起こすか、一緒に寝る気がする。


 この一週間後に家畜たちの反乱を目撃することになるが、それはまた別のお話。

 自動運転の車もいいけれど、家の周りで穏やかに暮らすなら馬も魅力的だろう。ガソリン代も高いし。




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