キョンシーのお面

元旦の朝、両親の喧嘩の声で目がさめる。

問題は年賀状だ。父の言う「怪しい関係であったなら年賀状なんか出してこない。」という意見に賛成だったが、嫉妬深い母はそれが嫌で仕方ないらしい。田舎の同窓会で会った幼なじみという女性からの年賀状がきっかけで、喧嘩が始まる元旦を数年過ごした。

小学生だった妹は、お正月の早朝から始まるその光景が嫌で「喧嘩をやめて」と泣くのだが、ヒステリー気味の母はとまらない。

「また今年もか。」

妹に早く服を着るように言う。私もジャケットを羽織り、少しのお金をポケットに入れる。
元旦の早朝からというのも参るのだが、元旦そうそうこんなことで泣いている妹がかわいそうでならなかった。こうして妹を連れ、行く当てもなく家を出るのが、ここ数年続いていた。「帰ってくるまでに仲直りしておいて。」と伝える私。「うん。」という、ばつの悪そうな父、そして罵倒が止まらない母。

普段、両親は喧嘩はしない、仲はいいぐらいだ。ただ、父は自分を持ち上げるのに、母は父を持ち上げるために、言葉で子供を落とすことはよくあったし、しつけという暴力があったのも私の中の事実。面倒な両親だった。

ひとまず喫茶店に入って、妹はココアを飲む。あのころは正月三が日にあいているお店は珍しく、あいているとすれば正月料金を取られるため、私にはとてもココアが高かったと記憶している。温かい飲み物のおかげで汗が出てきたが、私たちはジャケットを脱ぐことができなかった。

「暑いけど脱がれへんな、下はパジャマやもんな。」

「外に出たら逆に寒くなるかなぁ。」

慌てていたとはいえ、ちゃんと着がえる余裕もなく出てきてしまった。 

「せっかくだから初詣に行こう。」

電車に乗り、お参りに行く。

みんな着飾っていて楽しそうに見えた。そりゃそうだ、お正月だ。私たちは顔も洗っていない、髪もぼさぼさ。バックも持っていない。ポケットににバイト代の3千円だけ。

当時、爆発的に人気だった【キョンシー】という妖怪が出ていた中国の映画があり、そのお面を買ったのを覚えている。そのお面を妹がつけていると、「キョンシーや!」と指をさされていた記憶だけは鮮明だ。

あのころ、それでよかったのか。今、思い出すとかわいそうでならない。

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