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自慢なんかじゃないけれど、あんな旅はもうないか

叶わなかったことばかりが部屋の隅々に転がっている。
叶ったことはきっと多すぎて忘れてしまうからだろう。

何もない平日、外は快晴。
いつもより丁寧に台所の掃除をして、掃除機をかける。

幸せという言葉でひとまとめにしたくない日々には、たくさんの言葉が忙しない思考の間をすり抜けてゆく。


買い物へ出かける。
もうトレーナー一枚では肌寒い。

信号機。赤、青。

あの人は海も、走るのも、嫌いだったな。
だから私はこの街でよく海沿いを走った。
たくさん走った。

水色の空には白い三日月がひっそりと浮かんでいる。今晩は何を食べよう。

信号機。赤、青。

猫、犬、犬。
鳥、花。

もうすぐ、この街での暮らしが終わる。
大好きな人たちとの大好きばかりが詰まった街。

寂しい、とは少し違う。
自分で選んだことだから、さようならだって好きになれる。


ひとつの旅が終わり、ここへ来た。
あんな旅はもうないか。
それがずっと悲しかった。

これは自慢じゃないけれど、この街での私をあの人は知らない。

大切なものが増えた。
それは怖いことかもしれないけれど、少なくとも悲しいことでは決してない。だからもう大丈夫。

またひとつの旅が終わり、ここを去る。
こんな旅ももうないか。
あなたのいないこの旅もうんと楽しいことで溢れたよ、って言ってやろうか。
これは自慢なんかじゃ全然ない。

信号機。赤、青。

大きく意気込んで、左。


次の旅がどんな風になったって、きっと冬になればまたあの歌を歌って思い出す。

眠る前に話したこと。
誰もいない路地に名前つけたこと。
雲のひとつひとつを数えたこと。

あぁやっぱり、あんな旅はもうないか。
戻れないことだけが、今の私を進ませている。
ぐんぐんと進ませている。
自慢なんかじゃ全然ないけれど。


信号機。赤、青。
大きな心で明日を待つ。

想いを馳せるのに理由なんてなくて、
いつも通り家までの帰り道、
12分の祈りをあなたに捧ぐ。



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