見出し画像

ショートショート#2 禁じられた遊び



 僕は朝夏(あさか)の目が好きだった。
真っ白で陶器のような肌が。

「ねぇ、『禁じられた遊び』っていう映画。」

 朝夏は、学童からの帰り道、歩道の白線に沿ってバランスをとりながらそう言った。

 僕は、朝夏の肩に付くくらいの長さに揃えられた髪が揺れるのを、横目で追いかけながら

「知らないけど。」

 そう答えた。

     僕たちの家は、それぞれ共働きだった。学校を終えるとすぐ、地元の公民館の一角にある学童に通っていた。帰りは、だいたい夕方の5時を回るくらいだった。

 それでも、両親が帰っていない時は、決まって近くの公園で二人、暇をつぶした。

 「つぶす」というのはまちがいかもしれない。そんな消極的な感情ではなくて、僕はその時間が他のどんな時間よりも幸せだった。例えば、夏のあの入道雲の上にぷかぷかと浮いているような心地だった。

「この前ね、近所に住むお兄さんが、教えてくれたんだぁ。古い映画らしいんだけど。」

 僕は、「そのお兄さんって誰。」と尋ねたかったけど舌の根っこのあたりまで込み上がってきて、ぐっと飲み込んだ。

「それでね、私驚いちゃったの。その名前の強さだとか、その映画の内容にもね。先週だったかな。お兄さんの家で、その映画を見たの。」


 そう言って、朝夏はその映画の内容を楽しそうに僕に言って聞かせた。


「犬の死体を?その子たちが埋めるの?」
「うん。それでね、2人は十字架を盗んでね――。」


 そのストーリーに、なぜか高揚感が沸き上がった。そして、朝夏がそのお兄さんとその映画を見たこと、お兄さんが朝夏にそれを見せたわけを僕は、ぐるぐると頭の中で考えた。


 僕は、その日夢を見た。

 朝夏が、誰とも知らない大人の男性に埋められていく夢を。無垢な表情で朝夏は、「ねぇ、お兄ちゃん何してるの。」と首をかしげながら尋ねても、陰って顔の見えないお兄さんは、「うん、大丈夫だよ。」と言いながら、足元からゆっくり埋めていくのだ、土の中に。

 いつの間にか、口元まで埋められてしまって、もう朝夏は口をきけなくなって、そこで初めて自分に危険が迫っていることを感じる。
 瞳孔はぐらぐらと揺れている。

 もごもご何かを言おうとするけれど、口はもう土で埋まってしまって、何を言っているのか分からない。いつの間にか、頭まで土で覆われてしまって、もうすっかり、彼女の存在は消えてしまった。
 馬鹿な朝夏。
 なんで、そんなになるまで気づかないんだよ。


 学校に行った時、いつも先に席についている朝夏の姿がどこにも見当たらなくて、いつの間にか、1時間目の国語の授業が始まった。


「朝夏、どうしたんですか。」
 担任の先生に僕はそう尋ねた。
「今日はお休みだそうだよ。」
 その理由も言わない先生。僕は、増々不安が募っていった。学校が終わるまで、待てなかった。3時間目が始まるころ、たまらなくなって、僕は学校を飛び出し、朝夏の家まで走って向かった。

――大丈夫だろうか、無事だろうか――

 夢の中で走るとき、自分の出している力の割に上手く走れないときがある。全然進めないもどかしさを足にまとわりつかせながら、僕は足を動かした。

――なんでこんなに遅いんだよ。命いっぱい足を回しているつもりなのに、早く朝夏のもとに行かなければならないのに――


「なんで、そんな汗だくなの。」
 朝夏の家のチャイムを鳴らすと、彼女はあっさりと出てきて、何食わぬ顔で僕にそう尋ねた。
「なんともない?今日、学校、どう、したの。」
 息が切れてうまく話せない。膝に手をやり、肩で息をしながら僕は、朝夏に尋ね返した。

「あ、ちょっと熱っぽくて。でも、もう大丈夫。めちゃくちゃ寝たから復活!」
 そう言って、力こぶを見せる朝夏に、僕は「こちらの気も知らないで」と少しいらだった。
 「ねえ、ちょっと遊びに行かない。」
 そう誘ったのは、朝夏だった。
「いいけど。病み上がりでしょ。大丈夫なの。」
「もうなんともないから、大丈夫、大丈夫。」
 僕たちは、いつもの公園に向かった。公道の歩道は、桜並木になっていて、3月も終わりに近づく今日。早咲きの桜が、既に風にさらされ、花弁が散るのが綺麗だった。


「ねぇ、歩。あと何回、私たちは桜を見れるんだろうね。」
 ふと朝夏が言った。
「さぁ、わかんないや。」
 いつもの公園について、何気なく、砂場で山を作って遊ぶ。トンネルは作ろうか、それとも、てっぺんに旗でも立てようか、2人であれこれ思案した。風が、頬を撫でるのと同時に、どこからかやってきた桜の花びらが、砂山にはらりと落ちた。
「あっ。」
僕は「どうしたの。」と朝夏に尋ねた。


「この前、話した映画の話、覚えてる?」
「ああ、禁じられた遊びだっけ。覚えてるよ。」
「そう、それ。なんか、2人の主人公がお墓を作る場面が、今となんか重なったの。」
 そう言って、朝夏はえへへっと嬉しそうに微笑んだ。その時、後ろから声が聞こえた。
「あれ、朝夏ちゃんじゃないか。」
 僕と朝夏は同時にその声のする方に顔を向けた。
「あ、お兄ちゃん!」
 その姿を認めて、僕の隣から立ち上がり、その声の主のもとに駆け寄っていく後ろ姿を見て、僕はあいつよりも先に朝夏を桜の舞い散るこの季節の中に埋めてあげよう、そう思った。

                   完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?