「鼻が効く本屋」 神田 裕
僕は大分の田舎町に生まれた。
街というには小さすぎる場所。
僕が小学生の頃、ものすごく臭い本屋があった。
鼻の奥を突き刺す猛烈なケモノ臭。
ぜんぜん洗っていないと思われる犬がいた。
店内で飼っていたその犬は大人しく、いつも寝てばかりいた。
町には三軒の小さな本屋はあったけど、
なぜか欲しい漫画がそこにしかないときは、
息を止めて、酸欠になりながら、嗚咽しながら、立ち読みをしていた。
本に犬の臭いが染み付いているのに、平然と店主は売っていた。
今、その本屋も潰れていた。当然か。
あそこで買った臭い天才バカボンの一冊は、どこにいったんだろう。
あの犬の最後はどうなったのか??
時々ふいに思いだすあの本屋の風景。
年に一度だけ帰省した時に、つい潰れた店の前を通る。
看板だけは今も残っている。二十何年経った今も。
今、僕の育った場所には、大きな書店が町外れに一軒あるのみ。
子供たちが集まる小さな本屋はもうどこにもない。
でも子供の頃の本の記憶は、鼻にこびりついたままである。
ああ、臭かった。
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