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惜しまれ終了したNetflix『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』がもたらしたイノベーションと残してくれた大事なこと

どうも。映画と海外テレビシリーズばかり観てるキャサリンです。今回は先月惜しまれ製作終了発表となった大好きな番組、Netflix『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』について何がどう凄かったのかと、今後についての雑感を書きました。

20万いいねがつくほど注目を浴びた番組終了のお知らせ。ワシントンポストなど各誌で終了を惜しむ記事も多く出ました。番組をご存知の方もそうでない方も、これからのニュース番組の在り方やNetflixについて考えるいい機会かな~と思うので長いですが、一読いただけると嬉しいです。

ハサン・ミンハジって誰だ

日本でもほんの少しは知名度上がってきたと信じたいハサン・ミンハジ。2019年TIME紙の最も影響力のある100人にも選ばれていますが、皆さんご存知でしょうか。

LAを中心にスタンドアップコメディアンとして活動し、Comedy CentralのDaily Showの特派員として抜擢され頭角を現し、トランプ政権後最初のホワイトハウス記者晩餐会(2017年)で初めてインド系ムスリムとしてスピーチ。移民排斥のトランプ政権の中、勇気ある行動と言ってもいいですよね。

この件で話題をさらった後、Netflixでコメディスペシャル『ハサン・ミンハジ:ホームカミング・キング』配信開始。このコンテンツがトークもさることながらTED Talkのようなスピーチとセンスあるビジュアルを使用した舞台、テーマソングを使用するなどスタンドアップコメディの新しい形として高く評価され、その後Netflixでトーク番組を開始することに。

それが『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』です。余談ですが、Netflixとしても彼が出てくる数年前からコメディ部門に力を入れ、ジェリー・サインフェルドやケヴィン・ハート、エイミー・シューマーなどの大物だけでなく、これから注目を浴びるであろう才能の発掘にも注力しました。その中でも先駆けが2016年配信の『アリ・ウォンのオメデタ人生!?』です。

今ではNetflixの重要な部門である、ドキュメンタリー・コメディ部門の当時副責任者だったリサ・ニシムラ氏が、きっと彼女のコメディは多くの人が見たいはず!と思いNetflixオリジナルコメディとして配信にこぎつけ、これまでのアジア系のステレオタイプ(真面目でがり勉)を打ち破り、多くの人に愛されアリ・ウォンをスターへと押し上げました。彼女の成功後、アジア系に留まらず多様性のあるNetflixオリジナルコメディへと成長していきます。南アジア系で言えば、またアリ・ウォンよりも少し前に、こちらもリサ・ニシムラ氏が声をかけもあり生まれたアジズ・アンサリとアラン・ヤン製作の『マスター・オブ・ゼロ』も、のちにハサンが登場するのに重要な道を開いているともいえます。

ハサンはこれらの系譜の重要な一人として、Netflixコメディスペシャル後、各メディアで絶賛を受け、もともとハサンがやりたかったことを実現できることもありNetflixで『ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す』を製作するに至ります。

そもそもどういう番組か

2018年秋にNetflixで始まった全く新しいニューストーク番組です。当時あまりに感激してこんなnoteも書いたりしました。2年前の記事でちょっと文体と言い恥ずかしいですが…

とにかく、トーク番組好きとしてはついに期待できるNetflix番組が登場したと心躍らせました。リアルサウンド映画部様へ寄稿した記事でも少し触れたりも。

バラエティ番組とも情報番組とも言えるこの番組はinfotainment(information/情報とentertainment/娯楽の造語)とも呼ばれ、Netflixユーザーだろうがなかろうがニュースへの関心を向けやすくしており、若い世代への貢献度は高いのではないかと感じる。

ハサン自身もスティーブン・コルベアの番組にゲスト出演した際「ドレイクのコンサートみたいなんだけど勉強してる感じになる」と語るようにエンターテイメント性を保ちつつも、調査チームを編成し、きちんとオピニオンを投げかける、ジャーナリズムと言っていいかはわかりませんが、確かに私を含むミレニアル世代にとって考えさせられるきっかけになった番組であるとも感じます。そのinfotainment性は全6シーズンを経て次々と更新されていきました。

インド系移民2世の司会者は業界初

スティーブン・コルベアの番組にゲスト出演したハサンは大御所コルベアに面と向かって彼の「移民を恐れるべきか」という問いに対して、「全くその通りだね、移民たちは子どもに大きな期待を寄せアメリカンドリームを掴めるようサポートする。そして、子どもたちが成長し、仮に…仮に、医学部や法学部での勉強をドロップアウトし14年スタンドアップコメディアンとして活動し、その期間両親はずっとがっかりし続けるわけど、ついに…、ついに37エピソードの製作予定があるレイトナイトショーのアメリカ初インド系司会に選ばれるわけ。これってものすごいことになるよね。だからこそ人々は恐れる必要があるね」(大意)と言うんですよね。最後にコルベアが「人々って僕のこと?」と聞くと「そうそう!僕たちはあなたたちの仕事を奪ってるよ!」とあっけらかんとと突きつける。非常に痛快です。南アフリカ出身のトレバー・ノア(ハサンは彼がホストであるDaily Show出身)がいますがスティーブン・コルベアだけでなく、ジョン・オリーバー、ジミー・キンメル、ジミー・ファロン、ジェームズ・コーデン、サマンサ・ビー、セス・マイヤーズ…白人で埋めつくされているのがレイトショー界隈。ハサンが司会をするということだけでもどれだけ凄いことかわかります。37エピソードは長寿トーク番組に比べたら、そりゃ数だけで言えば規模は小さいかもですが、インパクトは思った以上に大きくなったことを、番組開始当時は誰もそこまで予想しなかったかもしれません。

全世界に向けたトピックス

もはやNetflixが構築したストリーミングサービスの当たり前基準「世界同時配信」は、当然この番組にも適用されました。日本だと毎週日曜日の夕方番組が更新され、ファンとしてはサザエさんタイムではなく、ハサンタイムとなったくらいには毎週の更新が楽しみになってました。これまでのNetflixトーク番組失敗としては、うちわネタで盛り上がりすぎ、という感じがどうしてもあり。特にミシェル・ウルフと、ジョエル・マクヘイルの番組なんかはその要素が強く、アメリカ外の人がみてもあまりピンとこない部分も多くありました。

その点、ハサンの番組は(後程述べますが番組後期ではちょっとその要素が薄れつつも)、全世界の話題を面白可笑しいニュースとして冷笑するのではなく、自分たちにも通じる共通の話題として扱うことに注力していました。わかりやすいところで言えば、こちらの『ファストファッションの醜い真実』などは良い例。日本でも、ザラやH&M、ユニクロなどファストファッションが人気ですよね。環境にも配慮してそうですが、その実態は印象とは全く異なるものであることを伝えています。

身近な話題からニュースを考える、それを動画も交えわかりやすく伝える。時にジョークが行きすぎな時もありますが、それでもただ言うのではなく「伝える」に意識した番組作りは誠実さも感じます。ハサンとスタッフの自分たちが観たいと思える番組を作る、という姿勢なのかなと想像したり。

サウジアラビアのあの件があっても続ける姿勢

ハサンとこの番組を有名にしたのは、こうした新しさ・身近さではなく、国際政治問題に絡んだサウジアラビアの件であることは有名な話。

サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件の裏にサウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマンが関与しているのではないかと指摘したこのコンテンツはサウジアラビアでは消し去られてしまいました。後程これも触れますが、Netflixとしてはその後コンテンツの復活を交渉するのではなく、穏便に進めた方向もあり、そのあたりNetflixが目指すグローバルTVネットワークとしての難しさも感じます。でも、臆せず指摘する姿勢、しかもミレニアル世代向けであり拡散力も強い番組を通して伝えることで、ハサンとこの番組は大きな注目を浴びました。この件で怯むことなく、その後もアメリカ国内外の話題に踏み込んでいき、アメリカ国内で問題になっている大学奨学金(というなの借金)いついては議会の公聴会に呼ばれたりもしています。

これ以外にもアマゾンの森林保護については支援サイトを立ち上げるなどしていますし、クルーズ船の劣悪な労働環境の問題やゲーム業界のハラスメントなど、一過性の事件事故ではなく、継続的な社会課題を取り扱い、意見を述べることでそれらのニュースの注目度を上げる役割も果たしているように感じます。

著名人にも臆せずインタビュー

シーズンを重ね、著名人へのインタビューも敢行するように。中でも印象的なのは『カナダの二面性』の回で、ジャスティン・トルドー首相へインタビューした回。ハサンはDaily Show時代も彼にインタビューしており、今回もまたキレッキレの質問をとばしています。

その他にも2020年大統領選挙に向けて、各候補者へインタビューしたり、ミレニアル世代に絶大な影響力のあるAOCことアレクサンドリア・オカシオ=コルテスへも登場したり見どころ満載。コメディアンだからこそ聞ける直球な質問でハラハラします。よく日本だとこういう質問は毒舌とか言われますが、聞き方は選べどインタビューとしては必要なんじゃないかと個人的には思うので毒舌以前の問題だよねと思うことも。最近色々ウンザリするので日本のニュースはあまり見ないようにしてますが、アメリカもだいぶカオスではあるものの大手メディアだけでなく、こういう番組でもメディアとしてきちんと機能している胆力があるのはさすがだなと思います。

YouTubeチャンネルの充実とrepresentation

著名人を呼べるようになったのも、きっと番組の人気・視聴数が良かったからだと思いますが、その一翼を担ったのはYouTubeチャンネルだと感じています。先ほどから何度もリンクを貼ってるYouTube動画ですが、これらすべて無料で視聴可能です。最近Netflixは非会員に向けて一部コンテンツを無料公開していますが、この番組は番組開始当初2018年からずっと無料でYouTubeに本編を公開しています。冒頭の私のnoteをに記載している2018年秋時点で番組登録者は54,400人ですが、2年経過し現在は133万人!

本編だけでなく、収録中にオーディエンスとQ&Aやトークを繰り広げるおまけコンテンツもあり。

特に印象的なのはハサン自身のバックグラウンドでもある、南アジア系移民の今を取り上げる内容。こちらのdesi kids(南アジア系の子どもたち)とのやり取りなんかは新鮮。思えばこれまで、南アジア系の人達がこういったメジャーなTV媒体に登場することはあまりなく、映画やドラマに出てきても訛りのあるタクシードライバーなども多く。まさに今をとらえている番組そのものが新たな取り組みであろうと思いますし、Netflixの看板を保ちつつこの内容をNetflixには載せずYouTubeのみで配信することも非常に斬新です。

また今年のBlack Lives Matter運動のきっかけとなったジョージ・フロイドさんの事件についても、アジア系だから関係ないというわけでは全くないことを強く訴えています。ミレニアル世代の代表の一人として、今だからこそ伝える即時性の高い内容を、NetflixそしてYouTubeというグローバルTVネットワークを使って発信しているのはハサンだけだと思います。あと、こちらも余談ですが、ハサンはずっと前からカマラ・ハリス氏を応援してたりもしました。ジミー・ファロンの番組で公言して滑ってたりもしてますが、今見ると視点が凄く変わりますね。


動画配信サービスのトーク番組初、各賞受賞

モーションデザイン部門で初めてエミー賞を獲得しています。ビッグスクリーンに映し出される映像は同番組でも重要な要素。

またPeabody Awardも受賞しています。

一般オーディエンスだけではなく、業界内からも評価されていることを示していますね。だからこそ、冒頭で述べたように今回の番組終了を各メディアで惜しむ記事が出てきたのだと思います。ニューズウィークの記事では、番組制作の元プロデューサーが職場環境についての問題をTwitterで提起している問題も報道されています。真偽のほどは全くわかりませんが、いずれにしてもNetflixとして初めて成功したニューストーク番組として位置付けて良いのではないかと思います。

そんな重要な番組がなぜ終わってしまったのか

これには当然Netflixの今後の方針など含め色々な事情があるかと思いますが、なかでもきっとこうなんだろうな…と思うことを少し。

コロナ禍でオーディエンスとのやり取りができなくなった
今年に入り、誰もが予想しなかったコロナ禍の影響をこの番組も当然受けており。一番クリティカルに影響したのがオーディエンスの不在です。ハサンはスタンドアップコメディアンですし、オーディエンスの反応を大事にしコミュニケーションをとりながらこれまで番組を製作してきました。これは、ハサンが非常に大事にしていることで、番組の双方向性を特に重要視しているからです。

ところがコロナ禍に入り、その双方向性は失われました。番組開始当初から見てきた中で感じたのは、これまで以上にシリアスさが増したことです。オーディエンスがいないだけでこんなにも番組の印象が変わるのかと思うほど、何となくですがハサンがやりたいことではないのかもしれないなと感じることも多くありました。冒頭で紹介した番組終了を知らせるハサンのコメントも、やり切ったようなニュアンスです。彼は別にニュースをただ伝える人になりたいわけではなかったのではないかと感じます。色々なインタビューでも、視聴者へ考えるきっかけを作ったり、ハサン自身が思う身近なトピックを扱うことで視聴者との関係性を構築したいという気持ちが現れていました。だからこそ、オーディエンスの不在は非常に痛い。YouTubeやNetflixで番組を配信していても、こう言ったところに「ライブ性」と言うのは響いてくるんだなと感じました。ニュースを一方向で流してもそこにはリアリティがないこともあるものの、双方向性を持ちライブ性を持つには相手が必要で、その相手がいることでニュースは事実でありながら、インターネットを通してもちゃんと事実としてのリアリティを保てるのかもしれません。そもそも即時性のあるニュースをやりたいなら、毎日生放送をNetflixかYouTubeでやればいいわけです。でもハサンはそうはしなかった。リサーチをし、オーディエンスと対話し深堀する姿勢が何よりも大事なんだとそこからも感じます。

Netflixのグローバル戦略の難しさ
こちらもあくまでも推測と言う感じですが、シーズン後半に進むにつてアメリカ国内ネタがやや増えてきました。それは当然Netflixユーザーの多くはアメリカ国内だからと言うのもありますが、先ほどのサウジアラビアの件然り、NetflixはYouTubeと違い、番組を作って配信するため、番組そのものに責任を持つからこその難しさがあるのではないかなと。

こちらのPodcastでNetflixグローバル戦略の難しさに触れておりまして。190か国に配信されているNetflix番組。でも190か国分の法律・規制・文化的背景・慣習などがあるわけで。Netflixはサウジアラビアの件で戦うことをしなかったのも、あくまで営利企業であり、各国で穏便にコンテンツ配信を進めたいはず。ローカル戦略はNetflixの今後を担う非常に重要な要素ですし。グローバルTVネットワークを目指している一方で、ある程度各国に対してあまりアグレッシブに対応することは難しいのかもしれないです。ハサンとしては、アメリカ国内の各レイトショー番組とは全く異なる方向=世界に向けて世界のニュースを配信する、ということをやりたかったけれども、なかなか制約も多かったのかもしれないなと感じます。届けたくても届けたい人に届けられない、ということが発生していたのかもなんて。

番組が残してくれた大事なこと

日本でもこういった番組が生まれてほしいという観点で言うと本当に多くのことをこの番組は残してくれたように思います。多面的に物事を見るメディアリテラシー、わかりやすくでも内容を的確に伝えること、ミレニアル世代いかに訴えるプロモーションやメディア戦略、そして何より伝えるだけではなく、身近な話題から社会を変える自分の小さな一歩は何かを提示することなど。ニュースを見ているとウンザリすることも多く、私自身も日本語のニュースは見ないことがかなり多くなってしまいました。そもそもテレビはここ8年くらい家にありませんし。でも、そんな私が何でハサンのこの番組をずっと見ていたのかと言えば、わかりやすさではなく、ミレニアル世代である私に伝えようとしているということそのものが伝わるからです。昨今日本でも政治が混迷しており、信頼もなにもなかったり、自分が働いた分頑張って納めてる税金が無駄遣いされたり、普通の会社の社長だったらとっくに…と思うくらい理解に苦しむ内容も多くありますし、何より私たちに向けた社会づくり、ニュースづくりではないように感じます。

先日Twitterでこんなツイートを見かけました。これって、ある意味英語圏のニュースを日々見ていると当たり前のことだったりするのですが、ここからでもまず変えようとする方がいることにとても救いを感じたように思えます。若い人達が政治に参加しない、ニュースを見ないのではなくて、そうなるように大人たちがしてこなかったのだと私は思います。都合の悪いことを若い人の若さのせいにせず、(自戒を込めて)自分たちがしてこなかったことを今こそやるべきなんじゃないかなあと思います。途方もない話ですが教育ってものすごくそういう意味でも大事だなと思うし、教育する側が成長し変わり続けることの重要さと言うか。私一個人でも何ができるかは継続課題ですが、モーリーさんのような視点はずっと持ち続けたいなと思います。日々の生活を何とか保ちながら社会のことを考えるって、ある意味余裕がないとできないことでもあるんですが、それでもこうなってしまった流れを傍観するのは良くないなと思います。別にハサンのような影響力が無くても、自分がまずは学び続けることから、何か変わるのではないかと(ナイーブかもしれませんが)しばらく信じていきたいと思います。

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