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子どもを育てる階段

0〜5歳児までを預かる長崎の「愛宕ピノキオこども園」を視察させていただきました。

2016年に完成したこの施設は、長崎市の中心から坂道を登った山手にあり、中心街を望むかなり急な斜面に立っています。この施設の一番の建築的な特徴は、斜面地の複雑な地形と勾配を積極的に生かし、大きな造成をしないで等高線に沿って最低限の擁壁を設け、それがそのまま立ち上がった計画になっているところです。

都市と連続した階段

この施設の写真を雑誌で見たときの最初の疑問が、どうして子どものための空間にこれほどの階段を多用しているのだろうということでした。現地を視察して分かったことは、この施設が「長崎市」の丘陵地にあることでした。この施設に来るまでは急な、そして曲がりくねった斜面を車で登ってくるのですが、その道に沿った住宅地の玄関はどこも長く急勾配の「階段」でアプローチしていました。

その山の都市景観をそのまま内部空間にまで引き込んで、都市と園内との連続性を実現しているのが、この園内の大小様々な「階段」でした。普段から日常生活では「階段」が当たり前のこの地区の人々にとっては、建築内部の「階段」も地形に沿って形も勾配も多様な段差は、むしろ自然なのかもしれません。

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危なくないの階段?

当然のことながら、「階段から落ちて危なくないの?」という疑問ですが、これはお話を伺った園長先生の言葉から納得できました。それは、この階段を行き来することで「危機管理能力」を幼児のうちから育てることができるというものでした。仮に転んでもそれを柔らかく受け止める木のフローリングや、園内全体を見渡すことができる空間設計のおかげで、転倒してもすぐに気付くことができるという安全設計もさることながら、何よりも子どもたち同士がすぐに駆けつけて手助けするという協同の精神を育むのに役立つと割り切っておられました。

この園の魅力は、建築設計のハード面だけではなく、そのような運営側のソフトな対応精神によるところが大きいと思いました。子ども同士のコミュニケーションを大切にし、それを空間の規模や配置あるいは詳細なデザインで実現していることが、視察の結果とてもよくわかりました。

屋上も都市の一部

斜面地で水平な園庭が確保できないこの敷地を生かすために施設の屋上を庭として活用しているのですが、それによって屋内外の連続性が、階段だけではなく屋上広場にも展開していました。保育園の居室が地形に沿って作られ、さらに0~1歳児への空間的な安心感をもたらすために天井高を低くするなどの空間構造が、屋上の高低差に反映されているために広場といっても凸凹の幾つもの小さな広場が階段でつながっています。

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さらに保育室内と屋上とは、トップサイドライトや、トップライトの採光空間とつながっていて、光だけではなく、子どもたちがそれらの窓から室内を覗き込むことで、レベル差のあるコミュニケーションを生んでいました。

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屋上利用を含めた、この地形にすっぽりとおさまった光景は、周辺の住宅地の構成とも連続していて、違和感なく地域に溶け込んでいましたが、その評価は長崎市都市景観賞を受賞していることからも明らかです。

室内は曲線による威圧感の減少

この記事ではあまり取り上げませんが、室内の設計にあたっては、子どもの気持ちに寄り添い、直線的な構成ではなく、視覚的にはっきりと認識できる曲線を随所に取り入れていました。空間の機能が変わる場面では、必ず曲線のアーチを持った壁が設けられ、空間のアイデンティティがとてもわかりやすく認識できました。

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その一方で、ディテールのデザインは、いかにも子ども風な表現ではなく、安全や視認性に配慮したグッドデザインで、それがこの空間の質の高さを保つのに貢献していたのではないでしょうか。

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さらに、子どもの入退園の管理や連絡を、子どもたちも操作できるタブレットを随所に配置して活用するなどIT化にも積極的に取り組んでいました。

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このこども園の考え方や今後の展開についても、語り尽くせないほどの知見があって、この園の卒業後も小学校の学童をぜひここでやって欲しいという親からのリクエストがあるというのも頷けました。

東京と石垣島との2拠点居住を始めて20年になります。それぞれの土地と情報との中で人生を豊かにする暮らし方「スマートライフ」を実現しようと試行錯誤しています。それぞれの場所で日常の中に見つけた「暮らし」を発信しようと思います。