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 藤子・F・不二雄原作の国民的SF漫画およびそのメディアミックス作品。
 ダメ少年・野比のび太の将来を好転させるためにやってきた未来のロボット・ドラえもんが提供する不思議な道具(通称「ひみつ道具」)が巻き起こす様々な物語が描かれる。

『ドラえもん』はこれまで様々な批判、言い掛かりに晒されていた。
 いわく、のび太が道具に頼るのが教育に良くない。いわく、ジャイアンやスネ夫ののび太へのいじめが酷い、などなど。
 近年のエキセントリックな例では、映画【STAND BY ME ドラえもん2】でしずかちゃんが「野比しずか」に改正したのが、まだ成立してもいない夫婦別姓の流れに反するとか、【ドラえもん のび太の新恐竜】の予告動画でオスの恐竜がメスよりも先に紹介されているのが差別だ、といった正気を疑うレベルのものも登場している。

 しかし『ドラえもん』で規制が危惧される一番のシーンといえば、やはりヒロイン「しずかちゃん」のお風呂シーンであろう。
「しずかちゃん」こと源静香が無類のお風呂好きという設定は広く知られており、しばしば彼女がお風呂に入っているシーンが描かれる。ただ入っているシーンが描かれるばかりでなく、ひみつ道具を不用意に使ったのび太のせいで入浴シーンを見られてしまう描写もしばしばある。

 この「ドラえもんのお風呂シーン」が表現規制により無くなるという危惧は、かつては「このまま規制がエスカレートしたら」という、いわばディストピアを危惧する表現規制反対派の将来的な懸念として存在していた。
 特に児童ポルノ法や東京都の青少年保護育成条例などの成立・改正時に必ずと言っていいほど挙げられる例だったといえる。
 もちろん、規制反対派の人々の多くが特別しずかちゃんに欲情していたわけではなく、だれでも理解できる「やりすぎな規制」のシンボルとしての例示だったわけである。
 しかし当時の規制推進派は「そんなことはありえない」「考え過ぎ」と頭から否定するという言動を繰り返していた

 実際に2016年9月2日放送回では、しずかちゃんが水着を着て入浴している画像が出回り、ついに規制が入ったのかとネット上で話題になったことがある。
 その際には、件のシーンが自宅ではなく遊園地のジャグジーの場面であり、水着でも本来不自然でない場面であったことが実際に見た視聴者から伝えられ、ファンは胸を撫で下ろした。

 そして結局は、規制反対派の危機感が正しかった。
 現在の規制推進派、特にフェミニストは今や堂々と『ドラえもん』からお風呂シーンのカットを要求しているのである。2020年11月30日にはハッシュタグ「#ドラえもんのお風呂シーンのカットを希望します」が作られ、トレンドには至っていないもののフェミニズム界隈から多く発信された。

 では、『ドラえもん』のしずかちゃんの入浴シーンは、本当に有害な、あるいは禁じられるべきものなのだろうか。

 ここからは『ドラえもん』の内容に踏み込んで検討してみよう。
 まず、漫画のエロシーンを規制派がバッシングする際の定番の台詞として「ストーリーに必要のないエロシーンだ」というものがある。
 しかし『ドラえもん』ではしずかちゃんのお風呂シーンは、単なるサービスカットではなく、むしろ珍しいほどストーリーに深く絡んでいることの方が多いのである。「地平線テープ」「カチンカチンライト」「雨男はつらいよ」など、いずれも彼女が入浴する展開なくして話のオチが成立せず、単なるサービスシーンではない。

「地平線テープ」より

 また、作中で女性ばかりが入浴を描かれたり、裸にされて恥辱を味わわされているわけでもない。
『ドラえもん』にはのび太をはじめ男性の入浴シーン(「ソウナルじょう」「雪でアッチッチ」など)もあれば、ギャグシーンとして裸を見られて恥をかく場面もある(「きせかえカメラ」「ポカリ=100円」など)。

「ポカリ=100円」より

 そして近年の定番のバッシングが、いわゆる【ラッキースケベ】叩きである。
 この叩きは「のび太がしずかちゃんの入浴を道具で覗いたり遭遇したりするのは、性犯罪を悪でないかのように描いているから」よろしくないというものである。
 当然のことながら、漫画やアニメで犯罪が描かれることなど珍しくもなんともない。推理物では毎週のように殺人が起こっているし、大泥棒が主人公の作品さえたくさんある。のび太の行為が性犯罪であるとして、なぜ性犯罪が描かれてはならないのか。
 このツッコミを受けたフェミニストがする定番の言い訳が「殺人や窃盗は悪として描かれており、社会的にも悪として認知されているが、性犯罪はそうではない」という、明らかに社会的事実と反する発言である。
 当然ながら、性犯罪は悪として、むしろ通常の財産犯や暴力犯以上に卑劣な悪として認知されている。
 だからこそ「ラッキースケベ」などという「主人公がわざとではなく性的アクシデントに遭遇する」という作劇の需要が存在するのであり、性犯罪が悪でなければラッキースケベなど存在しないのだ。

 また、しずかちゃんのお風呂を覗いたり侵入することが「悪いことでないかのように描かれている」ことも、もちろんない。むしろのび太は悲鳴を上げて怒られるのが常である。

「変身・変身・また変身」より

 このツッコミに対してフェミニストがたいてい持ち出すのが「その場で怒って終わりなんておかしい。罰が軽すぎる」というものである。
 しかし当たり前のことながら、フィクションで罰が軽かったりスルーされることがあるのは、そもそも覗きや性犯罪に限らない。
 のび太はジャイアンに日常的に度を越した暴行を加えられても基本的な自認は友達のままであるし、神成さん(空地の隣に住んでいるおじさん)の窓ガラスをぶち破ってボールが飛び込んでいくという定番のネタも、現実であれば大事故を招きかねないことであるが、叱ってガラスを弁償させる程度で許されている。しかしフェミニストは、そんなことは叩かない。

 結局は「アニメのエッチなシーン」が気に食わないのであり、理由は常に後付けなのである。
 『ドラえもん』にも、ほかの作品に対しても。

参考リンク・資料:

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