見出し画像

【私作る人、ボク食べる人】

※【ハウス食品「シャンメンしょうゆ味」CM】からも転送されています。

 1975年に放映されたハウス食品「シャンメン しょうゆ味」TVCMのキャッチフレーズ。フェミニズムによるCMへのクレームの嚆矢的な事例として著名。

 結成まもない「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」(のちの「行動する女たちの会」)が、「性別役割分業」を肯定するものだとして抗議し放映中止に追い込んだ。

 しかし実際のところ、本CMが「ジェンダーバイアスを固定化し、それを良しとする」ようなメッセージを特別発しているようには思われない。

 言うまでもなく、インスタントラーメンという商品の最大の特徴は、その調理の簡便さにある。「作る人」に成人女性だけでなく小学生の女児がいるのは、子どもでも作れるというメッセージであろう。
 そして最後に「ボク、食べる人」と言っておどけた表情で自分を指さす青年は、どうみてもギャグとして登場している。

 小学生でも作れるインスタントラーメンを、なおも女性に作ってもらって食べるだけというこの青年に、まったくこの男ときたら...…という自虐的なギャグをさせているわけだ。
 つまり彼が「食べる人」であるのは、CMの中でも良しとされている性役割ではなく、それがダメだからこそなのである。売り手であるハウス食品の都合を考えてもわかることで、料理のできない男性こそ、インスタントラーメンの一大需要層なのだ。

 当時にあって、本格的な家庭料理は女性の仕事であって、普通の男性が習得していないスキルであるというジェンダーバイアスは確かにあった。長らく漫画などでは「冴えない独身男のわびしい食事風景」といえばインスタントラーメンが定番であった。

秋元治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』

 1975年はもちろんその後も10年以上、電子レンジやコンビニ惣菜の普及は決して十分でなかったからだ。その時代にあって、どれほど不器用でがさつで怠惰で、料理などできそうもない男を主人公にしていても、これなら作れても違和感がないというほぼ唯一の食品がインスタントラーメンだったのである。

 強いて言えば、不名誉な三枚目は男が引き受けるべきというのがこのCMのジェンダーバイアスであるかもしれない。

 当時の人々もそう思ったのか、社会・報道も決してこのCMへのクレームに対して好意的ではなかった。むしろメディア・世論は批判的に見ていたのである。

 世間には、いろんな分野で男顔負けの仕事をしている女性もいれば、男性に尽くすことに喜びを感じている女性もいる。すべての女性が前者のようになることが、男女平等になることなのだろうか?

「ヤングレディ」

差別CM、というのも一つの見方かもしれないが、茶の間の大多数の主婦は、そんなものに神経をいらだたせてはいない。そんな感覚では、男女差別の本当のポイントからはずれてしまう

1975年10月28日『朝日新聞』

 実際にハウス食品の東京本部広報室は中止理由の中で「消費者などからの反応は、あのままでいい、という声が圧倒的に多かった」ことを断ったうえで「少数の声でも、謙虚に耳を傾けていくのは当然」と説明している。

 つまり当時にあってもこのCMが悪いと結論されたのではなく、フェミニスト女性達に対して「度量の大きいところを見せて譲ってあげた」ものだったわけである。
 しかしながらおよそ半世紀が経過した現在、この判断は誤っていたと言わざるを得ない。

 フェミニスト達は当時の記憶が薄れてゆくのをいいことに「あいつらが悪かった、私らが歴史的勝利を収めたのだ」と、すり替えていった。企業側の「支持が圧倒的に多くとも、少数の声に耳を傾けよう」という心からの善意を、彼女らは一切の躊躇いを感じることなく50年間土足で踏みにじり続けたのである。

1975年に、女性が「私作る人」、男性が「僕食べる人」と言うインスタントラーメンのCMがあり、女性団体が抗議してから50年。最近ではディズニーやマーベルなどの巨大エンターテインメント企業が新しい女性や性的少数者の主人公を創作して人気を集めている。女性表象は現実そのものではないからこそ、差別的ではない特徴をつかみ出してつくることもできる。

女性の描かれ方めぐる「炎上」はなぜ起きる? 社会学者・小宮友根さん、ネットで発信・ふくろさんに聞きました

 謝罪にせよ取下げにせよ「非を認めたかに見える行為」をして、彼女らがそれに対して感謝や誠実さをもって応じることはない。利用することしか思いつかないのだ。
 これが50年を経て我々が獲得した、歴史の実験結果なのである。

 ちなみに「女たちの会」は、この抗議に批判的に言及した雑誌のひとつ『ヤングレディ』にもクレームをつけ、法廷闘争の末に自分の作った記事を同誌に掲載させることをねじ込んでいる。なぜ同誌に特に目を付けたかは分からないが、朝日新聞などよりも「屈服させやすい弱い相手」と踏んだのだろう。

 フェミニストによる不当な言い掛かりは、決して【ツイフェミ】と呼ばれるようなネット特有の現象ではない。
 ネットがなかろうとその質の低さは、50年前から同じだったのである。


参考リンク・資料:

 資料収集等、編纂費用捻出のための投げ銭をお願いします!↓

ここから先は

14字
この記事のみ ¥ 100

ライター業、連絡はDMでどうぞ。匿名・別名義での依頼も相談に乗ります。 一般コラム・ブログ・映画等レビュー・特撮好き。