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【おちゃのじかんにきたとら】

 イギリスの作家ジュディス・カーによる1968年出版の絵本。

 少女ソフィーとその母親が、自宅でお茶の時間にしようとしていた際、とつぜん大きなトラが来訪する。「ぼく とてもおなかが すいているんです。おちゃのじかんに、ごいっしょさせていただけませんか?」というトラを、母娘はこころよく迎え入れる。しかしトラはお茶とお茶菓子ばかりか、家中の食べ物を食べつくしてしまうと、お礼を言って帰ってしまう。
 食べ物がなくなり困っているところにお父さんが帰宅して、親子3人はレストランで食事をすることにし、翌日お母さんとソフィーは買い物に出かけて、新しい食べものと、次にトラが来てもいいように「タイガーフード」の缶詰を買う。
 しかしトラは二度と現れることはなかった......という物語。

・トラがどこから来てどこへ帰ったのかまったく分からない。
・丁寧にあいさつして入ってきたトラが食欲を発揮するくだりは動物的本性を現したようでもあるが、そのわりに母娘を襲うなどの危害は一切加えない。食べ終わるとまた丁寧な態度に戻って帰っていく不条理さ。
・ソフィーはじめ、トラの狼藉にもかかわらず一貫してトラに好意的な様子の登場人物たち。

 と、なかなか不条理でシュールな作品であるため、このトラは何かの暗喩なのでは?としばしば勘繰られた。
 特に作者がナチスから逃れてイギリスに渡ったユダヤ系女性であることから、「トラ」=ナチスの暗喩という深読みはよくあった。しかしこれは作者自身が明確に否定し、娘と動物園に行ったときに思いついただけの話だと述べている。

 BBCラジオ・スコットランドの番組で、「男性から女性への暴力をなくす慈善団体」ゼロ・トレランス代表レイチェル・アダムソンによるバッシングを受けた。
『女性自身』が引用するアダムソンの発言は以下の通り。

「女性や少女への暴力の原因となる男女間の不平等を助長している」
「ジェンダーの固定概念は有害であり、ジェンダーの不平等を助長します。そしてその不平等がDVやレイプ、セクシャルハラスメントの温床となっているのです」
「なぜこのトラは男性なのでしょうか。女性でもなく、性別をぼかしているわけでもない」
「女性を助ける王子は男性で、助けが必要な無力な者は全て女性です。このようなメッセージを、この本は子どもたちに発信しているのです。私は子どもたちに、そんなメッセージと共に成長してほしくはない。男性と女性は平等で、女性も男性と同じように強く、困難な状況から自分で抜け出すことができる、あるいは支援を受けることができる。その逆もまたしかりである、という考えで育ってほしいのです」

 このレイチェル・アダムソンの発言は、まったく意味不明である。
 この絵本に描かれている「ジェンダーの固定概念」は、ソフィーの家庭では父親が昼間外で働いており、母と娘は家にいる、という程度のものでしかない。これは絵本が出た1968年当時の一般的な家庭生活であったし、現在でもライフスタイルの選択肢のひとつとして全くおかしくない。一冊の絵本の主人公一家がたまたまそうであったからといって、文句を付けられる筋合いはどこにもない。もし、そういう家族構成を描く作品の割合が多すぎるというのであれば、そう思う人が、そうでない家庭を描いた作品を作ればいいだけのことである。
 また、トラが男性という根拠はこの絵本のどこにも出てこない
 トラの雌雄にはライオンのたてがみのような、性別によるはっきりした外見の差はないし、文章上も雌雄には言及されていない。強いていえば日本語版ではトラは「ぼく」と言っているが、原文は英語であり、ご存知のとおり英語の一人称「I」は性別を問わず使われる。
 つまりトラがオスだ、というのはアダムソンの完全な決めつけである。
 また、食料をトラに食べられてしまった母娘を父親がレストランにつれていく場面に「女性を助ける王子は男性で、助けが必要な無力な者は全て女性です」と糾弾しているが、「空腹で困っていて」「母娘のお茶に入れてもらった」つまり女性に助けられたトラを、たったいま男性認定したのはアダムソン自身ではなかっただろうか?

 スコットランド保守党のメーガン・ガラチャー氏(子ども・若者担当スポークスマン)は、デイリー・テレグラフ紙に寄せたコメントでアダムソンを批判した。
「時代と共に受け止め方が変わるのは当然ですが、ゼロ・トレランスの主張には親御さんたちも困惑するでしょう。このような指摘は、長く愛されてきた書物で子どもを教え導く際には、何の役にも立ちません。子供たちの態度を変えるためには、公的資金で運営されているこの団体が、この本を保育園で読むことを禁止するよう求めるのではなく、もっと良い方法があるはずです」。

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