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13. 僕がnoteを書きたいと思った理由

僕は関ジャムという番組を観ている。

関ジャムは日曜の夜にテレ朝でやっている音楽を紹介する番組で、毎週見るだけで音楽に詳しくなったり、フィーチャーされているアーティストを好きになったりする番組だ。僕は生で見ることはほぼなく、録画して気になった回だけ見るという見方をしている。

最近はあまり観れていなかったが、そろそろ気になる回を観ようかと思い、撮り溜めていた中からBUMP OF CHICKEN回を観た。感想としては、めちゃくちゃ良かった。

僕にとってのBUMP OF CHICKENは、ファンでもないしよく聴いていたわけでもない、でも有名曲を筆頭に知っている曲は多い、という関係性だ。なので思い入れが強いわけではないが、めちゃくちゃ刺さった。特に刺さったのがガラスのブルースの件(くだり)だった。

藤原さんが初めてまともに歌詞を書いたガラスのブルースという曲を、地元の友達に聴かせた時に、「お前こういうこと考えていたんだ」と言われ、その後に「伝わるってこういうことなんだな」となったという話。ライブに来る様々な人々に、自分の曲を聴いてくれる人々に、自分の何かが伝わって、その人の何かを伝えてくれる。

グッと来た。というか、自分がnoteを書こうと思った理由はそれだ、と思った。僕も自分の思いを拙くても言葉にして、伝えたい。いろんな人と、コミュニケーションを取りたい。その人の反応を見たい。聞きたい。その人の思いを聞きたい。語り合いたい。

でも、それってめちゃくちゃ怖いことでもある。そのバンドのライブみたいな、曲という共通言語がない状態ではどういう受け取られ方するかもわからない。相手の言葉に勝手に傷つくかもしれない。逆に知らぬ間に傷つけているかもしれない。目の前に相手がいるというのは、反応がダイレクトに伝わる分、怖いことも多い。だから誰彼構わず話せるというわけではない。だから、僕はとりあえず言葉にして、誰かに見つけようと思えば見つけられる状態にして、発信したいと思った。

自分が生涯でコミュニケーションを取れる相手は少ないし、僕はガツガツそういう相手を増やしていけるタイプではない。コミュニケーションを取れたとしても、深い話ができるとなると一握り。それだと、寂しいと思う瞬間があって。自分のこの感情は自分だけなのか、同じようなことを思っている人もいるんじゃないのか。そんな誰かに、どこかで伝わるかもしれない。そういう可能性を秘めている場所に、自分の言葉を残したい。伝えたい。そう思った。

多少ふわふわした考えで始めたところはあるけど、藤原さんの言葉を聞いて改めて僕がnoteを書きたいと思った理由を考えることができた。考えられて良かった。BUMP OF CHICKEN、藤原さん、ありがとう。関ジャムももっと観ます。

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