見出し画像

君は美しい(第十二夜)

※最初から読みたい方はこちら

彼の吐息から、きついラムの匂いがする。

彼の舌から私の舌へ、甘くて苦いピリピリとした感触が伝わってゆく。

それは、私が彼に感じている、焦げるような恋の味そのままだった。

(目を覚まして)

ふいにヒロミのメールが頭をかすめる。だが、すぐに意識の彼方へ消えた。

今の私には、ネスティの存在のほうが圧倒的にリアル。

細い指先が、私の太ももの感触を楽しむように撫で上げる。
肩を抱いていたほうの手は、そのまま背中にすべり降り、ブラのホックのあたりを探るように触っていた。

お酒臭いキスに絡め取られながら、いつ彼の指がスカートの中に入ってしまうのかと、気が気じゃない。

「ノリコ」

とろとろに溶けそうな唇を離し、彼は私の耳元で囁いた。

「君が欲しい」

その言葉の性急さ。
いつもの落ち着きを捨てた、むき出しの声に体が熱くなる。

「私も」

彼の首筋に顔を埋めながら、言う。

「あなたが欲しい」

そうしていないと、もう自分の体を支えていられなかった。

ネスティは素早く店員を呼び、伝票を持ってこさせた。
いくら払ったかは、よく覚えていない。

抱きかかえられるように店を出て、初めて会った日にふたりで座った海岸通りを歩いた。

夕日が目に差し込んで眩しい。

彼の筋肉質な腕に腰を抱かれて、フラフラしながら歩く。
ネスティも酔っているはずなのに、足取りはしっかりしていた。

いつもの宿に入り、いつもの部屋のドアを開ける。

ドアが閉まるのも待ちきれずに、ネスティが私を抱え上げ、そのまま一緒にベッドへ倒れこんだ。

ここにはもう、誰の目もない。

さっきまでの時間を取り戻すかのように、急いでキスをする。

カチャカチャとベルトを外す音がしたと思ったら、あっという間に私のスカートに手を入れ、下着を脱がされていた。

(ほんとに急いでるみたい)

くらくらする頭で思っていると、そのまま腰を抱えられ、一気に彼が入ってきた。

一瞬、痛いかと身構えたが、私の方も準備できていたようだ。

そのまま、ただ激しく、波にのまれていく。

揺れて頭をぶつけないよう、両手を上げてベッドのパイプを必死に握った。

ネスティが私の両手首をきつく押さえ、もう身動きすることも叶わなくなる。

これは夢なのか、現実なのか、快感なのか、苦痛なのか。それすらもよくわからない。

私たちは汗だくの動物のようだった。

彼が果てたあとも、しばらく頭の中は揺れ続けていた。
アルコールがつまった頭を、ぐるぐる振り回されているみたい。

天井を見つめてボーッとしていると、ネスティが私の胸から顔を上げた。

「ノリコ、大丈夫?」

「うん…」

「ごめん、我慢できなくて…」

シュンとしている顔がたまらなくかわいい。

「大丈夫」

ニッコリ笑って見せたかったけれど、頭を動かすとぐるぐるが悪化しそうだった。

「ねえ、ノリコ」

ネスティが私をシーツごと抱きしめて、下から見上げてくる。

「なあに?」

「質問があるんだけど」

「どんな質問?」

「君の国について」

「うん?」

「日本では、外国人と簡単に結婚できるの?」

「……」

思わず、重い頭を動かして彼の顔をまじまじと見つめてしまった。

どういうつもりで聞いているのか。

「結婚…?」

ネスティは少し酔った、でもいつもと変わらないまっすぐな瞳で見上げてくる。

(本気なの?)

彼と結婚すると言ったら、私の家族はどんな反応をするだろう。

ヒロミは。

(そいつ、お金目当てだよ)

ふいに、彼女の声がハッキリと頭の中で響いた。

そしてフラッシュバックのように、昼に見たきれいな女の子の顔が浮かぶ。
ネスティと親しげにハグをし、私のわからない言葉で話し合っていたふたり。

(あなたが結婚するのは)

結局、ああいう子なんでしょう。

同じ肌の色をした、同じ言葉を話す女の子。

ふいに、意地悪な気持ちがわき上がって止まらなくなる。

いつもなら心の奥に浮かんでも、決して表には出さない感情。
しかし今は、頭の中がぐるぐるとして、収集がつかない。

「ムリよ」

考えるより先に、言葉が出ていた。

「私は、あなたとは結婚できないの」

ネスティの目の色が、みるみる変わっていった。


第十三夜につづく

※最初から読みたい方はこちら

応援していただけると嬉しいです。