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『キレイナオカネノツカイカタ』




 梅雨入りしたタイミングで、折りたたみ傘を紛失するというこの間の悪さ(先日紛失した腕時計といい、何だか立て続けに生活必需品が手元から離れていくんですけど)。雨が降った日に折りたたみ傘を電車内で手に持っていて、恐らくボーッと考えごとをしていたか何かでそのまま座っていた座席に置き忘れてきた可能性が濃厚である。無印良品で購入したその折りたたみ傘はとっくの昔にカバーを落としていたので、本来モンベルのマウンテンパーカーを収納するスタッフバックに入れて普段から携行していた。ちなみに折りたたみ傘を紛失したことに気づいたのは、翌朝の出勤時に家を出る時だった。

 天気予報は雨続きだったので、ずっと愛用していたのと同じ黒色で無地の折りたたみ傘を購入するために、仕事帰りのそのままの足で無印良品に立ち寄った(どうも同じものを買い直しがちな保守的な習性がある)。しかし、店内を探せど探せど折りたたみ傘が見つからない。ようやく傘の売り場スペースを発見するもスタンダードなタイプの雨傘がまばらに置かれているだけで、そのほとんどが緑のチェック柄だった。それを見て「よくよく考えれば、ひょっとして梅雨入りした今こそ年間で一番瞬発的に傘の需要が高まる時なのでは!」とだいたいの察しがつき、改めてこのタイミングで折りたたみ傘を失くした己の間の悪さを呪ってやりたくなってきている。もうこうなったらいっそのこと、この間の悪さごとまとめて第三者に成敗して貰おうと思い立ち、店員さんを捕まえて「折りたたみ傘ってどこにありますか?」とあえて聞いてみる。すると、その若い男性の店員さんは携帯していたタブレットを迅速に操作するやいなや、申し訳なさそうな表情を浮かべて案の定「大変申し訳ございません。只今折りたたみ傘の在庫を切らしております」とのファイナルアンサー。歴史研究の専門家たちは、後にこのできごとを"オリタタミガサショック"と呼ぶことになる。

 しかし、たとえ折りたたみ傘が売り切れていようとも時世は血も涙もなく梅雨真っ只中であり、むしろ梅雨側に立ってみればこれからが本番であろう。しかも無印良品にいたその時の時刻は平日の二十時近くで街のどこもかしこものお店も閉店が迫っている時間帯であり、この矢場町パルコの無印良品だってその例外に漏れない。仮に今から街に繰り出したところで、お眼鏡に叶う折りたたみ傘をじっくり探す時間なんて勿論ありゃしないのだ。一瞬、今まで何度か購入経験のあるコンビニのビニール傘が脳裏をかすめたものの、出先ですぐに忘れてきたり失くしたりするのが目に見えてしまうこともあって、今回はどうもその方向へ舵を切ることには気乗りしない。

 無印良品の店内でそういったありとあらゆる自問自答と葛藤を繰り返しながら、再度傘の売り場スペースを訪れて一本のスタンダードタイプの雨傘を手に取ってみる。それは、緑のチェック柄に囲まれた中で唯一残っていた無地で黒色の雨傘だった。そもそも折りたたみ傘よりも紛失のリスクが高いことから雨傘の購入は以前から敬遠しがちだったし、そういう背景もあって割と安価なビニール傘を購入しては出先や電車内に置き忘れることを繰り返していた。雨傘でありビニール傘は、例えば持っていった出先で帰る時に雨が止んでいたら忘れてきてしまうなど「近い将来いつかは必ず失くすもの」として、気づいたらまるで使い捨てのような扱いをしてしまっていた。しかし、よくよく考えてみればそのような「どうせ失くすんだから、なるべく安く済ませよう」というぞんざいな気持ちで毎回ビニール傘を購入していたのだから、そもそもはじめから愛着なんて湧くわけもなかったのだ(貴様は、直ちに改心して過去に忘れてきたビニール傘たちの屍を超えてゆけ)。


 無印良品で手に取ったその無地で黒色の雨傘の価格は、1990円。
 購入してから想像もしていなかった懺悔や思いがけない感情が次々と溢れてきたものだから何を言っても後付けになってしまうけれど、今までの自分自身を顧みてみればそれが少し高い買い物だったことは紛れもない事実だった。それから、最初は「年齢的にも今までより少し質の良い傘を持ってみよう」などといった上っ面の見栄を張ってみただけなのかもしれないけれど、そうやって背伸びをして少し高い買い物をしてみたことで、新しい自分自身に出会えることにも少し期待していたのかもしれない。現にその少し高い買い物に伴ってふつふつと芽生えてきている愛着から、率直な気持ちとしてこの無印良品で買った雨傘を今度こそ大切に使おうと思っている自分自身に出会えたことは、新しい発見である。


 安くても高くても、物としてでも気持ちとしてでも、全てはその時に使うお金に込める想いにその人の全てが現れる。
 1990円で買った一本の雨傘から、そのような基本的なことを教えてもらった気がする。
 綺麗なお金の使い方ができる人に、いつかなりたい。

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