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desk飯#1 弁当西遊記!トンポーロー弁当

使い込まれて薄くなった赤いのぼりが風と戯れている。
ケツイがみなぎった。

細くてよれよれの「トンポーロー」の文字。
薄すぎて文字が空中を舞っているようだ。

その文字は景色に溶け込んでいた。
だからこそ僕はその文字を文字として捉えていなかった。
31アイスクリームの看板にバスキンロビンスと書いてあるのに気づかないように。

ただ僕の頭には刷り込まれていた。
サブリミナル?効果と言ったか。

10時15分。その時には今日トンポーローを攻めると決めていた。
昼休みが待ち遠しい。
朝食を食っていないからか、この時間にはいつも昼飯のことを考えている。

そして12時。人々は欲望に身を任せ、事務所から一気に出ていく。
ここは大東京。昼休みの60分には無限の可能性が広がっている。
限られた時間の中でどんなものを食えるか。一日の完成度はそこで決まる。

僕は落ち着いて、事務所を出る。欲望を表に出さないように。
油断すれば誘惑の街に飲み込まれる。
ファミチキセールの文字に屈することなく、そこに立てた自分を誇った。

小さなビルの駐車場。車一台がギリギリ駐車できるスペース。
赤いのぼりをはためかせ、一台の軽ワゴンが止まっている。
開いたバックドアから見える車内は簡易的な調理場のそれだ。
車が骨組みの屋台といった雰囲気に夏祭りの記憶が思い起こされる。

列の先後尾につき、メニューをチェックする。
・トンポーロー弁当
・キムチトンポーロー弁当
シンプルなメニューに期待感が高まる。選択の自由は時に人を苦しめる。
二択くらいがちょうどいい。

トンポーロー弁当をチョイスし、出来上がるのを待つ。
容器に米をつぎ、具材を載せ、タレをかける。
「ラー油かけますか?」店主からの突然の質問!

ラー油…だと……?
スタンダードを知らない以上、そこに辛みを加える行為には危険が伴う。
ファーストコンタクトではどうしても慎重になる。
早く、正しく、冷静な判断を下さなければ。
何か引っかかる……思い出せ………!
前に並んでいた人もトンポーロー弁当だったはず。あの人はラー油をかけていた。
店主がラー油をかけた手つき!あれは紛れもなく熟練の技!!
僕はラー油入りがスタンダードであると結論づけた。
「あ……お願いします。」

受け取った弁当の重みと温かさが身体に伝わってくる。
足取りを軽くして事務所へ向かう。
毎日吉野家の牛丼チャレンジ中の先輩の横を抜け、僕は自分のデスクに戻った。
弁当を広げる。そこには僕と弁当だけの世界が広がっていた。いただきます。

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これが……トンポーロー……
豚の角煮丼といったところか。そんな風に結論づけようとした僕に届く、香り。
この香りは、台湾の夜。混沌と熱気に満たされた夜市を彷彿とさせる。
行ったことはないので彷彿とさせているだけであるが、たまらない。

我慢できず、厚切りの豚バラからいただく。
肉質は残りながらも、柔らかくほどけていく。口の中を満たす、油の旨味。
それでいて鼻を抜ける八角の風味で、しつこさを感じさせない。
米で追いかけずにはいられなかった。タレの染みたご飯をかき込む。
トンポーローは7切れほどのボリュームで気兼ねなく食べられるのも嬉しい。

ここで付け合わせにも目を向けたい。高菜と紅生姜、そして煮卵。
紅生姜のさっぱり感、高菜の豊かな風味、旨味にブーストをかける煮卵。
この三種類、組み合わせに馴染みはない。
しかし、トンポーロー弁当にはこの三種の副菜しか考えられない。
さしずめ、玄奘三蔵にお供する孫悟空、沙悟浄、猪八戒といったところか。
いや、トンポーローは猪八戒か…………?
そんなどうでもいいことまで思考が飛んでしまう始末。

食べ進めるうちに高菜がタレの染みたご飯に混じっていく。
そこには即興の中華風混ぜ込み飯が完成していた。
トンポーローを頬張り、高菜混ぜ込み飯を食らう。幸せがそこにあった。
忘れてはいけないのが煮卵。半熟卵ブームを嘲笑うかのような圧倒的固茹で……!
半熟一派の門を叩こうとしていた僕もその実力を認めざるを得なかった。
タレの染みた白身と旨味が凝縮された黄身。
トンポーローとの相性も抜群だが、主役を狙っているような存在感。
紅生姜でリセットし、また一口。新鮮に美味い。

木曜日にしか現れないトンポーローカー。
食べ終わる頃には、次に食えるのが一週間後になってしまう名残惜しさで箸を置きそうになった。

終わらせなければ、終わらない。
そんな子供じみた反抗をしたくなるほど、美味かった。
終わらせることで、始まることもある。
次の幸せを見つけるため、僕は残りをかき込んで箸を置いた。
ごちそうさまでした。

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