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【短編小説】会社に行きたくない人が猫になった説

 飼い猫の中に仕事が嫌で現実逃避した人間が一定数混じっているという研究発表をオーストリアの大学がしたというニュースが会社で話題になった。
 飼い主が外出するのを邪魔したり、家でパソコンで作業しているとマウスやキーボードの上に乗ったりするのはそれが原因であるらしい。また調査の結果では、仕事をしているオフィスの映像をテレビで流すと98%の猫が興味を示さなかったそうだ。オフィスの映像に興味を持つ猫がいるのかは分からないが、仕事が嫌で猫になった人間にとっては見たくもない映像であることに違いない。

 そんな話を聞いたマリは、帰宅後、餌を食べている飼い猫に聞いてみた。

「あなたが夜遅く元気になるのは、もしや仕事が嫌で引きこもっていた時代のクセだったりするのですか?」

 猫は質問されたことなどまったく気づいてないように餌を食べ続ける。隅に残った最後の1粒まで器用に舐め取って食べる。猫にとって時間などいくらでもあるのだとでも言わんばかりに、丁寧に時間をかけて食べる。

 マリの猫はある日、突然やってきた。
 仕事から帰ったらベランダにある物置用のパイプ椅子の上でスヤスヤと眠っていた。サッシを開けて近づいても驚いて逃げるどころか、顔をあげ、マリを一瞥した後、慎重にパイプ椅子から降り、スルスルと足元を通り抜け部屋の中に入っていった。部屋の中を見回し、テーブルに飛び乗り、マリの通勤カバンに寄りかかって、また悠々と寝てしまった。首輪はしていなかったけれど近所の迷い猫かも知れないと思い、しばらく面倒をみることにしたまま数ヶ月、現在に至る。
 仕事が嫌になって猫になったのだとしても、まぁつじつまが合うと言えなくもない。

 その夜もマリがベッドに入ってしばらくの間、猫は部屋の中を走り回っていた。器用なことに何かにぶつかったり倒すことが殆どないので今では慣れてしまって気にせず眠りについてしまうことが多い。

「私は見積もりの金額ミスを立て続けに2度やってしまいました。心底自分が嫌になり出社拒否になってしまいました。そして今ここにいます。」

 夢枕に猫が立っていた。猫なのだが人のように立っていた。猫になってしまった人が立っているのかも知れない。よくわからないが猫がたっていた。

「出社拒否になってからは深夜アニメだけが楽しみでした。ですので夜中に元気なのは、おっしゃるとおり、その時からの習慣です。今どんなアニメをやっているのか分かりませんがアニメはもう見なくても平気です。でも目が冴えてしまうのです。」

 驚きと同じくらい、やっぱりそうだったのかと納得するような気持ちになった。なにより駄目な自分を恥じるような気持ちが声から伝わってきた。何か声をかけてあげたいがこういう時の常で声は出ない。

「助けてもらって本当に感謝しています。毎日慌ただしく出勤される時はいつも尊敬の眼差しで見ております。私もそうでした。ご無理なさらずに。」

 大抵は食事のあとで満足した表情で寝ている気もするが、それでも薄目をあけて見てくれていたのだろうか。

「机の上にボールペンがあると嫌なことを思い出してしまい、つい落としてしまいます。申し訳ありません。」

 それは猫が普通にやることだと思っていた。

「携帯電話が鳴ると反射的に逃げてしまいます。こればっかりは本当にまだ駄目なのです。バイブでも怖いです。猫になっても治りませんでした。いつも逃げてごめんない。」
 
 それも猫だから別に構わない。急に鳴ると人間でもびっくりするよね。

「それと、ひとつお願いがあります。掃除機の音は嫌いですが、それでも、もう少し掃除をした方が良いと思います。こんな身分で言えたことじゃないですが。」

 ドキッとして目が覚めた。掃除は苦手でどうしても先送りしてしまうのは自分でも分かっている。猫も分かっていたのか。でも仕事が嫌で猫になった人に言われたくない。複雑な気分だ。
 猫は何事もなかったように足元の方で寝ていた。布団の上で丸くなってそこだけ少しだけ重くて暖かかった。昼間そんな話を聞いてしまったから見た夢に違いない。

 翌日、会社の人が言うには、そのオーストリアの大学の発表というのは、古いエイプリルフールの記事だったそうだ。そんなわけないよね。

 マリは今夜もそんな猫の待つ家に帰る。

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