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【短編小説】宇宙人との再会

 宇宙人の自称スズキさんと会ったのはクリスマスイブの夜だった。

 クリスマスとは無縁の色気なんてまったくない残業をなんとか終わらせた帰り道、自宅アパート近くのバス停のベンチでスズキさんは震えていた。
 コートなどは羽織っておらずグレーの背広のままで青い顔をして歯をガタガタ鳴らしていた。目が合った時は驚いて少し声が出てしまったことを覚えている。失礼なことをしてしまったと今でも後悔している。
 顔色の悪い背広姿の男性はあまりにも寒そうで、見かねて自分のアパートに連れて行ってしまったのは、今にしてみれば無用心なことだったと思う。実際彼は宇宙人だったわけで、もしかしたら侵略者だったのかも知れない。ただとにかく寒がっていた。自分も驚いてうっかり部屋にあげたけれど、彼も相当に参っていたらしく、自分は宇宙人で地球を観察しにやってきたこと、事前に観測していたデータでは大丈夫のはずが、想定以上に寒くてどうにもならなかったことなど素直に話してくれた。あとで聞いたところではどうやら砂漠の観測データだったようだ。
 暖房をつけ、それとは別で電気ストーブを全開で近くにおき、ブランケットと毛布をかけ、熱いお茶を出した。彼も素直にお礼を言っていた。

 宇宙人はスズキと名乗った。彼が言うには地球上の生命体を観察しにやってきたそうだ。背広は事前に収集したデータを元にカモフラージュするために作った服装らしい。気候のデータは砂漠なのに服装は背広なのはデータ採集が何度も行われた結果のようだ。地域で気候や服装が大きく違うことまでは観測できていなかったと反省していた。

 スズキさんの言う事を信じているのは、寒くて弱っている時に話したことだからでは無い。彼いわく、体温の平熱がおよそ50度だそうで、実際体に触れるとびっくりするくらい熱かった。手もおでこも足も熱かった。体温計はエラーになった。その体温だと、砂漠なら近い温度かもしれないが、日本のクリスマスでは寒すぎる。
 なにかのトリックでやっているのかも知れないけど、それで寒い寒いというのもまたおかしな話だ。

 翌朝スズキさんは帰っていった。古くなったヒートテックやフリースを何枚かあげた。それを全部着込んでパンパンになった上に背広を羽織った姿は相当の寒がりに見えた。もう今回は十分だから予定を切り上げて帰るとのことだった。ヒートテックやフリースは次に来た時、必ず返すと言っていた。そろそろ捨てるつもりだったから構わないと言ったけど、そういうわけにいかないと言っていた。観察対象の知的生命体の使っているモノなんだから分析してくれても良いのに。
 次は夏に来てください。そうですね、そうします。という言葉で別れた。メリークリスマスと言っても分からなかったと思う。


 今年の夏は世界的に異常気象のようで、まだ7月の半ばなのに夜になっても25度を下回ることがなくなっていた。毎晩寝苦しい。勿体ないけどエアコンはずっとつけっぱなしだ。そんな夜、アパートの部屋のチャイムがなった。
 ドアを開けるとスズキさんが立っていた。前と同じグレーの背広でユニクロの紙袋を手に持っていた。笑顔を浮かべて彼は言った。
「こんにちは。夏でも少し寒いですね。」



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