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ニハイチュウのこどもたち【生ラブ#25】

海の生き物の実習として定番のイカの解剖.もちろん私も臨海実習でやったことがある.
イカの解剖は中学校でもやるところがあるみたいだし,私も昨年自身の勉強会で題材に取り上げた.イカは手頃な大きさで手に入りやすく,解剖にはもってこいの材料だからだ.

では似ているタコはというと,食用に流通しているミズダコ・マダコなどはとてもじゃないが大きすぎる.そして高い.学生の解剖実験に使おうというには高級すぎるのだ.

それでも実験所の先生が我々のためにタコを1匹仕入れてきたのには訳がある.
ニハイチュウというタコの腎臓にしかいない生き物を観察させるためだ.

このニハイチュウ,繰り返すがタコ(厳密に言うとタコ類やコウイカ類など底棲の頭足類)の腎臓にしかいない.完全寄生型の生き物だ.

へ〜寄生虫か,で終わらせてほしくない.ただの寄生虫ではなく,他のどの生き物とも違う体の作りや生活サイクルを持つ極めてヘンな動物なのだ.

何がヘンなのかというと,なんと2種類の子供を産む.ニハイチュウの"ニハイ"はニ胚からきている.胚とは多細胞生物における発生段階の初期の個体のことだ.お腹の中にいる赤ちゃんのことだと思ってもらえばいい.形の違う赤ちゃんを2種類産むのだ.

1つは無性生殖,つまりクローンとして生まれそのまま親と同じ姿に育つもの.2つめは有性生殖,卵と精子を受精させて生まれてくるもの.

2種類の子供はそれぞれ役割が違う.無性生殖で生まれてきた蠕虫型幼生と呼ばれる個体は,とにかく数を増やすことが目的だ.蠕虫とはニョロニョロした生き物という意味.その名の通り,寄生虫らしいニョロニョロした形に育ち,そのまま親が元からいたタコに寄生する.

一方,有性生殖で生まれてくるのは滴虫型幼生と呼ばれる.なぜかというと,こっちの滴虫型幼生はタコの尿と一緒に排出され新たな宿主を探すからだ.尿と一緒に“滴る“ということか.そのため形は丸っこく,泳ぐためのヒゲのような長い繊毛がたくさん生えている.

そしてこれまた面白いのが,これらの幼生が親の体の中で育つことだ.ニハイチュウは数ミリメートルと小さいので顕微鏡で観察する.さらに,体を作る細胞の数があらゆる多細胞動物の中で一番少ないことでも有名だ.細胞数約20個.これがいかに少ないかわかるだろうか?

人間の細胞数は最近の研究で約37兆個と言われている.ニハイチュウは約20個.今その場で目で見て数えられてしまうほど少ない,究極の単純構造生物なのだ.

そのため顕微鏡で観察すると体はスケスケに見える.体の中の幼生もよく見える.

私が観察した個体の中には,丸っこい滴虫型幼生が5匹入っていた.キレイに一列に並んでいる.ちなみに体の中で卵が作られる場所は頭に近い方と決まっている。そのためニョロニョロと細長い親の体の中でお尻に近づくほど,赤ちゃんが育っていくのがよくわかる.

これはなかなか面白い.体の中の子供たちの周りには小さな粒が散らばっており,なんだかキラキラと輝いて見える.

正直,実際に目にするまでは寄生虫観察に乗り気でなかった.でも気づいたら夢中でスケッチをしていた.このコロコロと小さなこどもたちが大海原へ旅立つのかと思うと,無性に愛おしくなってくる.

寄生する生き物はニハイチュウのように体の機能や構造を極力削ぎ落としているものが多い.シンプルで美しい寄生虫の世界.思い込みで嫌煙せずに少し覗いてみると新たな世界が広がるかもしれない.


☆生き物との出会いや体験を綴るエッセイ連載中☆

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