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未発売映画劇場「怪人マブゼ博士/殺人光線」

「怪人マブゼ博士」のドイツ製DVDボックスを買ってしまったので、国内未発売のシリーズ後半3作品を順に見ていこうと、まずは前回「怪人マブゼ博士/恐るべき狂人」を見たわけですが、次はシリーズ第5作「怪人マブゼ博士/犯罪指令」の番だな……と、見ているうちに、恐ろしいことに気づきました。

あっ、これって未発売じゃない

前にも書いたように、かつて数十年前にIVCからひっそりとVHSソフトで発売されていた(たしか通販のみの発売)唯一のシリーズ作品「怪人マブゼ」を「怪人マブゼ博士/千の眼」だと私は思っていましたが、これが記憶違い。今回「犯罪指令」を見ていて記憶がよみがえりました。

そう、VHSソフト「怪人マブゼ」の正体は、この「犯罪指令」だったのです。

ということで「犯罪指令」は未発売映画の資格を失ったので、パス

でももったいないし、その国内版ソフトも現在は超レアものですので、簡単にご紹介しておきましょう。

原題の「Scotland Yard jagt Dr. Mabuse」つまり「スコットランドヤード対マブゼ博士」からもわかるように、今回マブゼはイギリスに現われます。一発照射するだけで人を意のままに操れる新兵器を武器に大規模テロをたくらむマブゼ博士に、イギリスの諜報員とドイツの警部が共同で挑みます。

前作の「恐るべき狂人」が興行的に振るわなかったのを受けて、少々路線が変更されています。当時、西ドイツではイギリスの人気作家エドガー・ウォーレスの作品が連続的に映画化されてヒットしていました。

ウォーレスはイギリスでは伝説的な人気作家ですが、日本では元祖「キングコング」の原案と脚本を担当したことくらいが記憶されているでしょうか。

プロデューサーのアルトゥール・ブラウナーはシリーズのテコ入れとして、このウォーレス作品の要素を導入しようとします。当時西ドイツ映画界にいて、父親の作品の映画化を仕切っていた息子のブライアン・エドガー・ウォーレス(彼も作家)の小説「The Device」(未訳)のストーリーにマブゼを組み込んだのです。

ええと、なぜ息子のほうの? じつは父ウォーレスの作品の映画化権は、そのほとんどが他社に抑えられていたためですね。でも、息子ウォーレスの作品もけっこう人気があったそうです。親子ともに現在の日本ではほとんど無名ですが。

そのせいか、シリーズの雰囲気は前作から大きく変化しています。透明人間というキワモノに寄せていた「怪人マブゼ博士/姿なき恐怖」に近いでしょうか。活劇色も強くなりました。そういう意味では、シリーズのカラーを取り戻したともいえるでしょうか。

ただし、肝心のマブゼ博士の出番が少ないのが難。前作でも黒幕に徹して出番は少なかったマブゼでしたが、今回は冒頭ですでに死んでいます。その霊が精神医に憑依し、彼がマブゼを襲名するのです。なので、前作までマブゼを演じていたヴォルフガング・プライスは憑依する際の数カットに二重写しで登場するだけ。さらに、マブゼもどきとなった精神科医は、さらに脱走させた凶悪犯をあやつって事件を起こさせるので、悪の主役はむしろこっち。

あれ、これじゃべつにマブゼ博士シリーズじゃなくていいじゃないか(笑)

まあ、シリーズ作品ではしばしばあることですので許しましょう。当時はやりはじめていた亜流007作品と思えば、わりと良くできているほうでしょうね。

さて前置きが長くなりましたが、今回のメイン「怪人マブゼ博士/殺人光線」(Die Todesstrahlen des Dr. Mabuse)に移りましょう。前に「怪人マブゼ博士の世界」で書いたように、若き日の私が深夜のテレビ放映を前に眠り込んで見逃した痛恨の作品。じつに40余年ぶりにめぐりあうことになるわけです。ああ、感無量。

前作で敗れたマブゼ博士(もどき)が、収容されていた精神病院を脱走するオープニングから快調。前作と同じくイギリスの諜報員(演じるのは同じペーター・ファン・アイクだが別のキャラクターらしい)が主人公で、彼が地中海のマルタ島で発生したスパイ事案を追うと、その背後にマブゼの影が……

1964年の作品ですが、すでに007映画の大ヒットの影響が色濃く出てきています。

そもそも西ドイツの映画なのに主人公がイギリスの諜報員なのがその証拠。演じているのがドイツ人のファン・アイクで、バリバリにドイツ語しゃべってるけど。全体の雰囲気も007っぽくなってて、悪役の秘密基地めいたものが出てくるあたりは、こののちに世界中でたくさん作られる「亜流007」そのもの。

とはいえ、1964年は007でいえば、まだシリーズ第3作の「007/ゴールドフォンガー」が公開された年。その点では、他の亜流007よりはだいぶリードしているわけですね。

映画の見せ場のひとつに、多数のフロッグメンを投入した海中アクションがありますが、これは1965年公開の「007/サンダーボール作戦」よりも早いのですから、一目置いてやってもいいと思いますよ。あちらよりもだいぶん水深は浅いし、モノクロなのであまり見やすいとは言えないけど。

目をひいたのは、途中で出てきてファン・アイクに色仕掛けで迫るマブゼの手下の妖艶なる東洋系美女。クレジットには「Yoko Tani」とある。そう、この美人は谷洋子という、パリ生まれの日本人の女優さんでした。もっぱら海外でたくさんの映に画出演し、日本映画には「裸足の青春」「女囚と共に」(ともに1956年)の2本しか出ていないとか。東ドイツ製のSF「金星ロケット発進す」(1959年)に主役級で出ているのが、ちょいっとだけ有名。このシリーズに日本人が出ているとは知りませんでしたが、ちょっと嬉しいですね。

そんなわけでいろいろ見どころもある作品で、評価も低くなかったそうですが、残念無念、興行的には今一つ振るわずという結果に終わりました。そのため、この後に予定されていた2本の作品、「Das unheimliche Kabinett des Dr. Mabuse(マブゼ博士の恐怖の密室)」「Die Rache des Dr. Mabuse(マブゼ博士の復讐)」は製作中止に追い込まれてしまいます。

こうして、西ドイツ映画界に偉大な足跡を残した(私見です)「怪人マブゼ博士」シリーズは終了しました……

というのが、映画史の常識なのですが、じつはこの後に数本の残照があることがわかっています。そのうちの一本は、ちょっと見逃しがたいモノですので、そのうち見てみましょうかね。

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