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怪人マブゼ博士の世界

私が書くんだから誤解されることはないだろうと思うが、念のために言っておこう。ここでいう「マブゼ」は、戦前のサイレント映画の名作、ドイツの巨匠フリッツ・ラングの代表作「ドクトル・マブゼ」(1922年)のことではない。その続編「怪人マブゼ博士」(1932年)でもない。もちろん、その原作となっている小説、ノルベルト・ジャックの『ドクトル・マブゼ』(早川書房)のことでもない。まったく無関係でもないが。

ナチス政権下のドイツからハリウッドへ亡命していたフリッツ・ラングは、戦後になって帰国する。そして手がけたのが、自らの代表作のひとつ「ドクトル・マブゼ」のリメイクだった。考えてみると、なぜマブゼだったのだろうか。他にもいろいろあっただろうに。

何はともあれ、戦後の「西ドイツ映画」で復活したマブゼ博士は、戦前のそれとは恐ろしくイメージを変え、通俗的なサスペンスアクションのシリーズになっていた。これを称して「怪人マブゼ博士シリーズ」と呼ぶ(のは私だけだろうが) で、私はこっちのほうが好きなのだ。

それでも1960年の第1作「怪人マブゼ博士」(原題Die 1000 Augen des Dr. Mabuse)は、ラング自らが手がけたこともあって、戦前マブゼの匂いを残している(と思う)。このタイトルで劇場公開されているが、私にとってはテレビで放送された際のタイトル「怪人マブゼ博士/千の眼」のほうが馴染むな。

戦後のドイツによみがえった犯罪王マブゼ(資料によってはマブゼの息子としているものもあるが、そうではない)の陰謀。それを追うドイツ警察の警部に、「007/ゴールドフィンガー」のゲルト・フレーベが扮し、ペーター・ヴァン・アイク、ヴォルフガング・プライスらも出演した厚みのある布陣。ラング監督のアクション演出は切れがあり、なかなかの出来栄えだ。特に、ラストのカーチェイスも当時としては相当の見ものだが、そこに至る直前、マブゼの正体が露見するシーンの圧倒的なテンポの良さは、アクション映画好きならばたまらないリズムを刻む名場面だ(これ、掛け値なし)

これがヒットしたおかげでシリーズ化されたのだろう。ただし、その後の作品は日本では劇場公開されず、だいぶ後にテレビで放送されたのみに終わっている。続く作品は以下の通り。

「怪人マブゼの挑戦」(Im Stahlnetz des Dr. Mabuse /1961年)

「怪人マブゼ博士/姿なき恐怖」(Die unsichtbaren Krallen des Dr. Mabuse/1962年

「怪人マブゼ博士/恐るべき狂人」(Das Testament des Dr. Mabuse/1962年)

「怪人マブゼ博士/犯罪指令」(Scotland Yard jagt Dr. Mabuse/1963年)

「怪人マブゼ博士/殺人光線」(Die Todesstrahlen des Dr. Mabuse/1964年)

このうち「怪人マブゼの挑戦」だけは、どういうわけか日本ではテレビ放送もされなかった。残念なことだ。いや、その存在すら、当時の私は知らなかったが……

「千の眼」を含めた他の5本は、いずれも深夜や午後の洋画劇場で放送された。私が見たのはこれで、1970年代前半のことだったと思う。このけっこう怪しげなシリーズが、私を魅了したのだ。

なかでも「見えない恐怖」は、透明人間というキワモノ的なネタにもかかわらず、いやそれゆえに異彩を放っていた。クライマックスで空港に押し寄せる透明人間軍団と警察の壮絶な攻防は、史上最高に燃える展開だった(これは話半分くらいに思っといてください)。

そういえば、深夜の放送だったため、不覚にも眠り込んで「殺人光線」を見逃した時の痛恨は、今も忘れない。

このシリーズ、007の大ヒットに影響されて製作されたと評されることがあるが、それが間違いなのは、こうしてみると明らかだろう。いずれも、007シリーズが世界的にヒットするよりも前に作られているのだから。

かくも私を魅了した「怪人マブゼ博士」だが、その後なかなか再見する機会はなかった。モノクロ映画の放送がほぼ消滅したせいもあるだろう。ホームビデオ普及前だったので録画もしておらず、こうして「怪人マブゼ博士」は幻となった。

その後、レンタルビデオ全盛期に、「千の眼」だけが「怪人マブゼ」のタイトルでソフト化されたが、あとは続かなかった。もちろん買ったけど。

ところが昨年、突然この「怪人マブゼ博士」がDVDボックスで発売されたのだ。こんなに嬉しいことはない! 発売元は、かつて「怪人マブゼ」をビデオ発売したIVCだ。惜しみない拍手を贈ろう! おまけに前記したように日本ではまったく見ることができなかった「怪人マブゼの挑戦」がついに陽の目を見たのだ。ひさびさに再会した「千の眼」「見えない恐怖」も、かつての興奮を遺憾なく甦らせてくれた(やや誇大な表現ですが)。

最大限の賞賛を進呈したいぞ、ほんとに。

と、褒めたたえるのはここまで。

はい、このDVDボックス、収録したのはこの3作だけなのだ。おいおい、残りの3作は?

私は、当然、続いてボックス2が発売されるものと思って購入資金を貯金してあるのだが、今のところ音沙汰がない。まさかこのまま、なんてことはないよね、IVCさん

いや、今日に至るまで、あの痛恨が残っている「殺人光線」だけでも、なんとかしてくださいよ、ね。

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