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未発売映画劇場「十日間の不思議」

「ミステリの女王」アガサ・クリスティーの作品は数多く映像化されているのだが、本格ミステリ黄金時代のもう一方の雄で「アメリカのミステリそのもの」であるエラリイ・クイーンの映画化はごく少ない。

先に紹介したテレビムービー「青とピンクの紐」(原作は『九尾の猫』)や日本で野村芳太郎が代表作『災厄の町』を劇場映画化した「配達されない三通の手紙」が目立つくらい(未発売映画劇場で紹介した「恐怖の研究」はクイーンがノヴェライズを担当しただけで映画そのものにはかかわっていない)

もちろん、日本でも放送されたTVシリーズ「エラリー・クイーン」がある。1975年から76年にかけてアメリカで放送されたもので、全23エピソード。「刑事コロンボ」の製作コンビであるウィリアム・リンクとリチャード・レビンソンが製作し、ジム・ハットンが名探偵エラリー・クイーンを演じていた。日本では1978年からフジテレビが放送していたが、そういえばこのシリーズも国内ではソフト化されていないな。

そんななかで、きちんと劇場用に映画化されながら日本ではまったく未公開なままなのがこの映画。ネームバリューからいっても、なぜ公開されなかったのかまったく謎だ。

原作はクイーンの代表作のひとつである『十日間の不思議』(原題:Ten Days' Wonder) 名探偵エラリイ・クイーンが巻きこまれた殺人事件の謎を解くという本格ミステリ作品。

映画のタイトルは「La Décade prodigieuse」 そう、これはフランスでの映画化なのだ。監督はクロード・シャブロル、主演はアンソニー・パーキンス、ミシェル・ピコリ、マルレーヌ・ジョベール、オースン・ウェルズほかで、なかなか重厚な布陣だ。1971年の作品。

ヌーヴェルヴァーグの巨匠の一人に数えられ、サスペンス映画を得意として「フランスのヒッチコック」とも呼ばれるシャブロル監督が、巨匠クイーンのミステリ代表作に挑み、わざわざアメリカからパーキンスとウェルズという大物俳優を招聘した作品。本来ならば未公開のわけがないでしょう。

見てみると、まあずいぶんと原作に敬意を表したのか、ほぼ原作通りの映画化だ。田舎の邸宅を主舞台に、記憶喪失の若い彫刻家、資産家で威圧的かつ家父長的な資産家の父親、その父親の若き後妻、兄に反発する叔父、堂々とした警察署長、邸内に隠棲する老婦人などなど、原作の設定、筋立てをほぼ網羅している。ミステリ小説の映像化でここまで原作に忠実なものはめずらしい。

というのも、前に書いたように、本格ミステリ小説の映像化は非常にむずかしいのだ。というか、そもそも本格ミステリ小説は映像化には向かないのだよ。発生する殺人などの事件は少なく、その事件を捜査推理する過程はひたすら容疑者の尋問、ラストは名探偵による説明がほとんど。そう、非常に地味になるからだ。

そんななかでは、この映画は善戦しているほうだろう。いや、そもそもの原作小説『十日間の不思議』自体が、非常に心理サスペンス色が濃く、本格ミステリとしてはやや異色なせいもあるだろう。なにしろメインとなるべき殺人事件が起きるのは、原作でも全400ページ余のうち300ページ近くまで進んだあとなのだ。

それまでは、記憶を失った青年と、父の後妻との不倫をめぐるサスペンスが主なのだ。うん、これなら映像化しやすい。実際、記憶を失っていた主人公がわれに戻る冒頭の異様な映像表現などは、いかにもフランス心理サスペンスっぽい。こうした原作の特徴を活かせると踏んで、数あるクイーン作品のなかから、この『十日間の不思議』をチョイスしたのだろう。

神経質な青年を「サイコ」のパーキンスが、威圧的な父親をウェルズが演じて、なかなかどうして、説得力のある映像になっている。まあこの二人をブッキングした時点でこのくらいの出来映えは当然なんだろうが。原作の持ち味もうまく引き出せていると思う。ここまでは。

そこまで原作をリスペクトしながらも、なぜか主役たる名探偵エラリイ・クイーンは登場させず、パーキンス演じる青年の大学時代の恩師で、ミシェル・ピコリが演じるポールなる教授に変更されている。ほかの登場人物の名前はそのままなのに。舞台をフランスに変えているのはまだしも、これはちょっと不可解だ(ひょっとすると同時期に進行しつつあった前記のTVシリーズとの著作権的な兼ね合いでもあったのか?)

そして、やはりというか当然というか、前半はけっこう快調にサスペンスフルに進むのだが、本格ミステリっぽさを前面に押し出してくる後半は失速する。このへんが、本格ミステリ映画の限界なんだろうか。

名探偵クイーンならぬポール教授の名推理も、原作を読んでいないとたぶん説明不足だろう。ましてそのシーンはやはり「説明」に終始するので、映画のクライマックスとしては非常に物足りない

もっともそこは、名優オースン・ウェルズの出番。壮絶にやつれた鬼気迫るメイクと顔面演技で×××を見事に演じて強烈な印象を残し、クライマックスの迫力不足を補ってくれるのだ。おかげで名探偵の名推理よりも、ウェルズ御大の顔ばかりが印象に残る始末になってしまったが。

なんでも商業的ないろいろがあって、本作は純粋なフランス映画にもかかわらず英語で撮影されたとか。そのせいもあってか、シャブロル監督本人は「失敗作」と回顧しているようだ。まあ、ムリもないかな。

そんなわけで、日本では見ることもかなわなかった幻の映画となったわけだ。原作はけっこう読まれていたのにねえ。

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DVDは日本以外ではけっこう出ているようだが、今回見たアメリカ盤は英語、フランス語となぜかスペイン語の音声が収録されているのが助かる。あと各国語の字幕も入れてくれれば完璧だったのになぁ。

しかし、日本完全未公開はもったいない。少なくとも本格ミステリ・ファンには受けると思うんだがなぁ。

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映画つれづれ 目次

【2018/12/28】 新保博久氏より、本作は日本完全未公開ではないとのご指摘をいただきました。調べてみると、なるほど1970年代の半ばにアテネフランセで数日上映されたらしいことがわかりました。その際の邦題は「驚愕の十日間」だったそうです。

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