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未発売映画劇場「怪人マブゼ博士の復讐」

巨匠フリッツ・ラング監督の無声映画の名作「ドクトル・マブゼ」(1922年 Dr. Mabuse, der Spieler)とその続編「怪人マブゼ博士」(1933年 Das Testament des Dr. Mabuse)に端を発した、1960年代の西ドイツでシリーズ映画化された6本の「怪人マブゼ博士」シリーズをこれまで見てきたわけだが、じつはいろいろな資料を見ると、このあとにもマブゼ博士は映画界に暗躍していたようだ。

各種資料を総合してみると、まあこんなもんかな。

 ① Die lebenden Leichen des Dr. Mabuse(1970年)

 ② Dr. M schlägt zu (1971年)

 ③ Dr. M 〔Docteur M〕(1989年)

調べてみると、まず①はイギリス映画。ホラー映画の名門AIPとアミカス・プロが合同で製作し、クリストファー・リー、ピーター・カッシング、ヴィンセント・プライスの「ホラー映画の三大巨頭」が初めて一堂に会した作品として(ごく一部では)有名な作品のことだった。英語の原題は「Scream and Scream Again」 日本では劇場未公開だが、「バンパイアキラーの謎」としてVHSソフトが発売されている(テレビ放映時には「吸血鬼・恐怖のメス」)

例によって意味の分からない実験に励むマッド・サイエンティストが、バラバラ死体を継ぎ合せて人造人間を作るとそいつが連続殺人を起こす話なんだが、吸血鬼もバンパイアも出てこないし、三大巨頭もちょこっと出てくるだけという肩すかし映画

このマッド・サイエンティストの名前が、ドイツでの公開時になぜか「マブゼ」に(たぶん勝手に)変更され、こんなドイツ語タイトル(「マブゼ博士と生きている死体」)になったわけだ。まあ、この時代の西ドイツでは、それだけまだ「マブゼ」の名に商業価値があったってことなのか。オリジナルではブラウニング博士だった「マブゼ」を演じているのがヴィンセント・プライスなので、6本の「怪人マブゼ博士」シリーズでマブゼ博士を演じたヴォルフガング・プライスから連想されたってことになったんだろうか。当然、ほとんどマブゼ博士シリーズっぽさはなく、実際には「マブゼ」の影もない「偽マブゼ」だった。

③はフランスのクロード・シャブロール監督が、フリッツ・ラングへのオマージュとして製作した作品。やはり日本では劇場未公開のまま、「Dr. M/ドクトル・エム」のタイトルでVHS発売された。

ドイツのベルリン(壁崩壊前だから西ドイツ側かな)で自殺が急速に増え、自殺病というべき伝染病じゃないかという不安が巻き起こる。当然ながらその影には謎の黒幕・M博士の影が……という話で、いかにもマブゼっぽいが、なにせ監督が監督だけにストレートな犯罪サスペンスになっているわけがない。私もずいぶん昔にレンタルで見ただけなので、よく覚えていないが、要するにあまり面白くなかった。

アラン・ベイツ演じるM博士も、当然ながらマブゼではなくマーズフェルドとかいう名前だし、キャラも違う。完全なる「偽マブゼ」だが、そもそも製作サイドはマブゼだなんて一言もいってないわけで、まあ確信犯なんだろうな。いちおう「ドクトル・マブゼ」の原著者ノルベルト・ジャックの名がクレジットされてはいるんだが(いろいろ著作権上の揉め事もあったらしい)

という2本の「偽マブゼ」にはさまれただが、じつはこれが正統マブゼにいちばん近い。

60年代の「怪人マブゼ博士」シリーズを製作したアルトゥール・ブラウナー本人が製作に加わっているのだ。おお、これはひと味違うぞ。

なのに、なぜかこれだけが、日本では劇場未公開のうえ国内ソフト発売もなしの完全なる未発売映画なのだ。なぜだ?

その疑問は、一度この映画を見れば氷解する。いやそのためにわざわざ見る必要もないような映画だったのだが(私は見たばかりか買ってしまった)

もちろんマブゼ博士シリーズはドイツのものなのだが、この映画はなぜかスペイン映画。そう、資金調達にでも窮したのか、ブラウナーが海外資本と共同で製作した映画なのだ。ま、このへんまではよくあること。

ただ、その相手が悪かった

ブラウナーと手を組んだのは、スペイン映画の(ある意味)大物のジェス・フランコだったのだ。

スペイン出身のフランコは、製作・監督・脚本・撮影から場合によっては出演までこなし、2013年に83歳で没するまでに200本以上の映画を作った人物。そして、そのほとんどが、エロやグロを特徴とした俗にいうB級映画なのだ。

もうわかりますね、彼もまたヤスモノ映画を得意とした、ある意味ブラウナーとは同じ穴のムジナ。やはりこの人種は同族同士、引きあうものがあるんだろう。

しかし、フランコの映画は、どんな資料を見ても、まず出てくる言葉が「トラッシュ映画」 そう、彼の映画はどれもこれも壮絶に安っぽくインチキで、そのうえツマラナイのだ。

けっきょくこのマブゼ映画も、例外にはならなかった。

冒頭いきなり、怪物もどきの容貌魁偉の大男による美女誘拐のシーンから始まるこの映画、演出がモタモタしているのは想定内(なにせ監督はフランコ御大だから)だったが、とにかくストーリーがどうなっているのか、見ていてもさっぱりわからないのだ。べつに私がドイツ語を解さないせいばかりではないと思う(ふつうどんな言語で作られていても、おぼろげにでもわかるものだ、映画ってのは)

「ある企業が開発した最新兵器の秘密を盗み出すことを依頼された博士と、それに挑む警察の闘い」というぼんやりしたあらすじすら、資料の力を借りてようやく掴んだのだが、本当にそんな話なのかは不明だ。

そんな混沌のなかで、見ているうちには気がつかなかったのだが、ジャック・テイラー(フランコ映画の常連)が演じる悪の黒幕の名前はクレンコ博士。あれ、マブゼ博士は?

察するに、ブラウナーが自分で書いた脚本「The Man, who called himself Mabuse」をフランコのもとに持ち込んだはいいが、どうやら乗っ取られたらしく、トラッシュ王の手でずたずたに改変されちゃった、といったところなのか。スペイン語版ではフランコ監督の唯一といっていいほど(一部で)評価された「美女の皮をはぐ男」(1962年)の悪役であるオルロフ博士がなぜか「登場」しているのがその証拠か。

そのせいもあり、またドイツ国内での原作者との権利問題もあって、この映画、スペインなどでは公開されたが、けっきょくドイツではきちんと公開されずじまい。後年になってテレビで放送され、その時のタイトルが「Dr. M schlägt zu」 「マブゼ」ではなく「Dr. M」と歯切れが悪くなってしまった。

スペインでは、堂々と「El doctor Mabuse」または「La venganza del doctor Mabuse」と名乗っていたようだ。

自らの虎の子(なのか?)である「マブゼ」をこんな目にあわされたアルトゥール・ブラウナー先生、なんて酷いことにと落涙したか、下には下があるもんだと嘆息したか、それともこれでもうひと儲けできたとニヤリとしたか。どうも最後のような気がしてならないね(笑)

怪人マブゼ博士の世界 

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