#19. 『天気の子』 の英訳について
『天気の子』を観てきた。
個人的な鑑賞履歴としては、新海誠の作品では、『秒速 5 センチメートル』・『言の葉の庭』に続く 3 作目となる。
新海さんの作品はとても好きだし、今回のものを含めて上に挙げた 3 作は小説版もすべて読んでいるのだが、『天気の子』は「とある理由」により初めて、上映期間中に映画館に足を運んでまで観た。
■ 『天気の子』 だけが特別な理由
「とある理由」というのは、端的に言えば、「タイトルの英訳が気になったから」である。
新海誠のこれまでの代表作 3 つと今作の英訳を比べてみると:
・秒速 5 センチメートル → 5 Centimeters per Second
・言の葉の庭 → The Garden of Words
・君の名は。→ Your Name.
・天気の子 → Weathering With You
明らかに、『天気の子』の Weathering With You だけが、直訳(Child of Weather)ではなく、かなり邦題とはかけ離れたものになっている。
これはどういうことなのだろうか。
■ 動詞としての weather の意味とその語源
普段「天気」という名詞の意味でおなじみの英単語 weather だが、ここでは(語尾に ~ing がついていることからもわかる通り)この単語は動詞として使われている。
動詞としての weather には、「〔嵐・困難などを〕乗り切る,乗り越える」という意味があり、目的語に storm を取って "weather the storm"(難局をうまく切り抜ける)という風に使うのが最も一般的である。
In spite of the riots, we weathered the storm and graduated.
騒動があったが、わたしたちはうまく切り抜けて卒業した。
「天気」という意味の weather がどうしてこのような動詞の意味を持つようになったかについては、Online Etymology Dictionary の weather (v.) の項によれば、「荒天の中を乗り越える船」のイメージから来ているようだ。
したがって、今回の英訳(Weathering With You)は、邦題にある「天気」と weather を掛けつつ、メインの 2 人が自分たちに降りかかる困難を一緒になって乗り越えていく、という内容についても表しているということだろう。
■ 「天気」 に対する日英のイメージの違い
ちなみに、先ほど語源のところで「『荒天の中を乗り越える船』のイメージから」weather の動詞としての意味が派生したと書いたが、これに少し違和感を持つ人もいるかもしれない。
というのも、日本人からすると、「天気」という言葉に対するイメージは、基本的にポジティヴなものであるからだ。
日本語の「天気」には、「気象の状態」という意味の他に「晴天」という意味もある。例えば、「あした天気にな~れ」というときの「天気」は「晴れ」のことを指していて、「曇り」とか「雨」を指すということはない。
だから、日本語の「天気」は、良いも悪いも限定しない気候の総称であるか、さもなくば必ず、良い天気のことを意味するのである。
◇
ところが英語の weather の場合、このようなことは言えない。
むしろ、weather という英単語は、(動詞としての意味の元となったのが「荒天」のイメージだったように)しばしばネガティヴなニュアンスを伴う。
手元の辞書(英辞郎)で調べてみると、名詞の weather がもつ意味としては以下の 3 つが掲載されている:
1. 〔ある時の〕天気,天候,気候
2. 悪天候,嵐,風雨
3. 《weathers》〔人生の〕浮き沈み,移り変わり
日本語の「天気」がときに「晴天」のことを指すのとは対照的に、英語の weather はともすれば「悪天候」を表すということがわかる。
また、このネガティヴなニュアンスは、慣用表現にも表れている。
例えば、"be under the weather" という表現。これは直訳すれば「天気の下にいる」ということなのだが、これで実際には「体の調子が悪い」という意味になる。
"How have you been?"
"I've been under the weather."
「ここんとこどう?」
「いや、ずっと体調が悪くてね」
「天気」がたいてい「晴れ」のことを表す日本語の感覚からすると、「天気の下」でこのような意味になるというのは、意外なことではないだろうか。
先ほど見た語源のサイトには、weather の元となった古英語の weder は、( wind とも語源的につながっており)「空」の他に、「風」や「嵐」・「暴風雨」などの現象を表すこともあったとある。
となると、空模様は「天の気分」という考えの「天気」と違い、英語の weather はむしろ「こちらに吹きつけてくるもの」という険しいイメージが根底にあるのかもしれない。
◇
このようなことをふまえて再度、『天気の子』の英訳 Weathering With You を見てみると、これはもうただ単に「ふたりで困難を乗り越える」ではなく、
「自分たちに降りかかる宿命や、吹きつけてくる困難に、ふたりが(同じ船に乗るように)一緒になって立ち向かい、それを愛の力ひとつで乗り越えていこうとする」
という映像がより鮮明に浮かび上がり、作品を観た人には、あのクライマックスのシーンが蘇るように感じられるだろう。
◇
このようなことまで加味した上で、新海さんがこの英訳をつけたのかは知らないが、ぼくは映画を観終わったとき、今回の『天気の子』の英訳に、動詞の weather は実にピッタリ当てはまっているなと感じた。
■ 終わりに
新海誠の作品で同じく「天気」が鍵となる『言の葉の庭』は、雨の日を好きにさせてくれるものだが、一方で今作『天気の子』は、晴れの日をいっそう喜ばしいものだと感じさせてくれる。
この地球上に生きるかぎり、いつどこにいようとも、天気とは付き合っていかなければならない。それならば、どちらの天気もそれぞれに、愉しめなければ損である。
この映画を観たすぐ後、劇場の外で空を見上げている人をちらほら見かけた。そんな風にして、日常の中でふと空を見上げ、「天の気持ち」を思う人が増えるなら、この世界はより温もりを増していくのではないだろうか。
根拠もなく、また意味もなく、いまはそんな気持ちがしている。
◇
※『愛にできることはまだあるかい』の英語版についてはこちら(「『愛にできることはまだあるかい』(English Version) 和訳」)を参照。
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