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#66. ヒトとは異なる彩りをキミも


目の前に、女子大生と思しき人。

見えているのは後ろ姿だけ。ここは、駅のホームである。

電車を並んで待つ数分間、ぼくはたいてい、考えごとか、さもなくば「ヒト」を眺めている。

その日もたしか、列に並んで、なにか考察をしようとしていたのだが、その思考は間もなく中断されることとなる。

というのも、目の前で同じ電車を待っている(パッと見フツーの女子大生となにも変わらない)その長い髪の女性が、なぜかいっこうに、スマホを取り出す気配がなかったからだ。

「あんまり見ない光景だな …… 」と思い、なんとなく様子を見ているとすぐ、電車が到着してしまった。

車内に乗り込むとぼくは空席を探し、ひとまずボックス席に座る。

見るとその人も、車内をしばらくさまよった後、ぼくの正面の席に落ち着いた。ただ相変わらず、スマホや本を取り出す気配はまったくない。

ふだん、横並びに座るタイプの席なら、ぼくもスマホに視線を落とさず、正面に見える窓から外の景色を眺めていることが多い。

だがボックス席だと、前の乗客と向かい合わせになる上に距離が異様に近く、なんとなく視線のやり場に困るので、仕方なく読書の時間に充てている。

その日も、カバンから読みかけの本を取り出して黙々と文字を追っていた。その間、正面に座っていた人がなにをしていたのかはわからない。

…… しばらくすると、目的の駅に着いたので、本をしまい込み顔を上げると、その人の手にやはりスマホはなかった。

目を閉じていたので、眠ってしまったのかもしれない。

次の乗り換え電車をホームで待っている間、険しい顔でスマホをスクロールする男性の後ろで、ぼくは「人はどういう人間に特別な魅力を感じるのか」と考えていた。

もちろん人の好き嫌いの基準など、十人いれば十通りあり、文字通り千差万別である。

ただぼくの場合、男女を問わず、「ほかの大多数の人と異なるなにかを持っている人」に惹かれてしまう。

たとえば、特殊な境遇で育った人や、奇抜な考え方をする人。(さっきの女性のように)珍しい行いをする人や、もっと細かい部分で言えば、独特な言葉を使う人など。

そういう、いわゆる「異彩」を放つ人である。

なにも考えずただ漂っているだけなら、すぐ流行に流されて「ほかのみんなと同じ」になってしまうところを、

どういうわけか、そうすることなく、不思議と流れに逆行したり、流れに呑まれずガンとその場所に立ち止まったり,あるいは自分自身の新たな支流を開拓したりする人がいる。

マジョリティのつくる激流に乗ることを決して潔しとしない彼らは、あえてそういった姿勢を貫くからには、そうするだけの確たる理由を持っていることが多く,そんな彼らの水際だった信念に触れると、ぼくはこの上ない魅力を感じるのである。

魅力の構成要素はさまざまあれど、人が(ほかの多くの人を差し置いて)だれか特定の人物に惹きつけられるのは、やはりその人が「ほかの人たちと違うなにかを持っているから」なのだと思う。

友だちや恋人に対して「かけがえのない人」とよく言うけれども、「かけがえのない」というのはすなわち「代わりがいない」ということである。

「あの人じゃなきゃ」、「キミじゃなきゃ」、そういう気持ちは、その人の持つ異彩によって引き起こされる情動なのではないだろうか。

ちなみに、朝の電車の中で、ぼくが読んでいた本のタイトル、実は ……

『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』

というものなのだが、あのかたくなにスマホをいじらなかった目の前の女性は、周りの大半の乗客と同じようにただ目をつむって寝ていたのではなく、

本当は目の前にチラッと見えたこの問いの答えを、目を閉じて必死に考えていたのではないかと、ぼくは密かに期待している。


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