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炉心の竜は蒼穹に咆える

カギカワ第一発電所から、墨で引いた線のように竜煙がたなびいていた。

「久々に風が出てるな」

父が言った。
父のそんなに穏やかな声はそれこそ久々に聞いたので、落ち着かない気持ちになったのをミヤトは覚えている。

その日は街中、島全体が、そんな圧し殺したような非日常の気配に覆われていた。

真昼の街に消し忘れのネオンが空々しく光っていた。
頼んでもいないのに買ってもらった氷菓をミヤトは大人しく舐めた。
父と母は半日の間優しかったが、日暮れ頃には結局些細なことで言い争いを始めた。

きっと明日になれば、皆すっかり何事もなかったように日常へ戻っている。
そうやってこの島は毎年同じことを繰り返してきたのだ、と幼いミヤトは悟った。


――あの日〈選ばれた〉のは、ミヤトと同い年の女の子だった。


竜の恵みに感謝しましょう。
電気は大切に使いましょう。
お定まりの訓示と共に、神聖な籤引きによって選ばれた島民番号と氏名が朝の新聞に載っていた。




あれから十年。

霜の降りたビルの屋上で、ミヤトはもう一度その名前を呟く。

無線機の告げた作戦開始の合図が、汚れた強風に散る。
防塵コートの裾が千切れるようにはためく。

視線の先には発電所。
黒い空と海とを背に白くぽつぽつと並ぶ、あの巨大な〈炉〉一つ一つがこの島の祭壇。
じきに完全体となって、彼女もそこへ捧げられる。
そうなる前に。

キリシマ・カナミ。
もうすぐ竜になってしまう女の子。

これから俺が、君を助ける。





「――え?」

目を見開くと同時、正面で炎が爆発した。

「窓から離れろ!」

聞いたこともないほど切迫した先生の声。
腕を掴まれ、後ろに引き倒される。
一瞬遅れて、窓ガラスがビリビリと凄い音を立てて震えた。

「近いぞ!」
「ナガマか?」
「ナガマの炉がやられた!」

施設の狭い廊下を慌ただしい足音と声が駆け回っている。
その喧騒に掻き消された何かを探そうとするように、カナミは頭と短い尻尾を振る。

「今……今、誰かが私の名前を」

【続く】

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