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僕とアウティング事件の交差点〜利他的なアライから社会正義的アライへ〜 本田恒平

結審を迎えて


 自死で亡くなった学生Aの遺族が、アウティング加害学生Zと一橋大学をそれぞれ提訴した裁判である通称「一橋アウティング事件裁判」は2020年12月に結審を迎えた(2016年8月5日に提訴)。人格権の侵害を争ったZとは東京地裁の段階で遺族側との示談が成立し、安全配慮義務違反ないしは教育環境配慮義務違反が争点となった一橋大学とは、控訴審にて控訴人(遺族側)請求棄却という結果であった。本件裁判にて安全配慮義務違反には当たらないという判決を受けながらも、一橋大学はこの事件を重く受け止め、結審直後の同年12月16日に大学ホームページにて「この悲しい出来事を心に刻みつつ、本学の学生および教職員が個人の尊厳と多様性について誤りのない知識を身につけ、先入観や偏見をもつことがないように、引き続き努めて参ります。」との声明文を公表した。

 控訴審判決(東京高裁判決)では、アウティング(本人の意向に反した個人情報の暴露)は著しく個人の人格権及びプライバシー権を侵害する行為であるという趣旨の文が日本で初めて盛り込まれた。本件裁判は、日本のゲイライツ運動においても、本学においても極めて重要なものとなった。

アウティング事件との出会い


 私が2015年に起こった一橋での自死事件がアウティングに起因したものだったと知ったのは2016年のことだった。事件の報道があったのは2015年であるが、その被害者がゲイ学生であったと報道されたのは事件から1年後の2016年である。当時私は他大学の学部2年生だった。有名国立大学でもそういったことがあるのだなあ。その程度の受け止めだった。

 自死した学生が実は自分の友人女性の兄だったと知ったのはその2年後のことだった。高校時代の留学先で出会ったその年上の女性は、聡明でハツラツとしていた。同じ日本人だった自分を大変気にかけてくれ、帰国後も連絡を取り合っていた。再会したのは私が学部3年の頃。彼女が日本で就職活動をするという理由で東京にきたのがきっかけであった。

 「恒平は卒業したらどうするの?」。「一橋大学の経済学研究科を受験しようと思っています」。彼女の顔が暗くなったのを今でも覚えている。「実はね、その大学と兄のことで今裁判をしていて・・・」。その時に被害者学生が友人の兄であったと知った。何気なく居酒屋で話したそれが、アウティング事件が自分ごとになるきっかけであった。

  今思えば彼女は進学をやめさせようとしていたのかもしれない。「初めて泣かずに兄のこと話せた」と帰り際に言われたその日からアウティング事件を他人事とは思えなくなった。

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▲大学院に入学した2019年。アメリカ、ニューヨークのStonewall Innで。

利他的なアライから社会正義的アライへ


 研究者のKeith E. Edwardsはアライ(LGBTQの理解者・支援者)のアイデンティティ発達理論モデルの中で、アライの3つの類型を示している。自分のためにLGBTQ活動を行う「利己的な意欲的アライ」、他人のために行う「利他的な意欲的アライ」、そして、自分、他人をも包含した社会一般のためをその活動の目的とした「社会正義的な意欲的アライ」である。「社会正義的な意欲的アライ」においては自己と社会が統合され、精神的、そして道徳的な立場から人と繋がり、すべての人を解放し自由にすることを求める。

 当初、私はこの3類型の中では利他的アライだったのだと回顧する。ヘテロセクシュアル(異性愛者)でありシスジェンダー(身体的性と性自認が一致している性)を自認する私にとっての活動原動力はやはりその彼女であり、彼女の兄(A)だった。

 利他的アライから社会正義的アライへ変わる大きな機会があった。Yahoo! Newsでの誹謗中傷である。

 一橋大学大学院に入学した2019年から、大学内で個人的に活動を始めた。2019年の命日(8/24)に転落死した場所で、Aに向けた献花台を設置した。一橋大学のマーキュリータワーの脇。誰にも注目されないところでAは亡くなった。今ではそこには防犯カメラが設置されている。命日から1週間の間設置した献花台は、有難いことに多くのメディアから注目され、新聞記事、ネット記事となった。そのうちの1つであるネットメディアBusiness Insiderの記事がYahoo! Newsに転載された。

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 Yahoo! Newsへ寄せられたコメントは目に余るものであった。「偽善者ぶるな」「告白を受けた学生を追い込んでいる」「被害者を死後にアウティングしている」「学歴ロンダリングのくせに」。私の最初で最後となった個人的活動は、ニュースの受け取り手によっては、偽善に映り、死後のアウティング行為として映った。死後に散々報道された後のアウティング、という発想にも理解に苦しむし、学歴ロンダリングといわれても全く気にはならない。私個人に対する攻撃は全く気にならなかった。

 ただ、唯一看過できないと思ったコメントがあった。「黙ってろ。この、ゲイ野郎」というコメントたちである。「LGBTQ活動をやっているのだから彼もゲイなのだろう。ゲイであることは恥ずべきであり、これを言ったら傷つくだろう。」とコメント主たちは思っているのではないか。LGBTQ活動を行っているというというだけで、シスジェンダーでヘテロセクシャルの私に対してセクシュアリティの確認もせず(無論、他人のセクシュアリティは聞くべきではない)「ゲイ野郎」などと言葉の暴力を行う事こそがその人のホモフォビアの現れである。その発言は、同性愛を「異質」なものとし、差別と偏見に基づく受け止めをしていることを裏付ける。

「ああ、お兄さんはこの社会で生きていたのだな。」

 率直にそう感じた。虚しく、辛くなった。自己と社会が統合され、利他的なアライから社会正義的アライとなったタイミングであった。
 利他的アライから社会正義的アライとなったタイミングは同時期に様々なものと互いに呼応し、一橋大学で大きな流れを形成した。献花台を設置した後の2019年秋からは一橋大学ジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)が主体となり、社会活動家の松中権さんを会長とするOGOB団体と連携し、学内センターが設置され、寄附講義が開始した。それまではクローゼットなセクマイサークルしかなかった(ニューズレターVol.1掲載の学生コラムを参照)大学に、当事者も非当事者アライも集える枠組みが形成された。初めて権さんに出会った時、「本田くん、君はもう初期メンバーでカウントしているから」と言われた。その言葉を聞いて、大学は今後少しずつ前進するだろうと確信した。
 活動に参加してくれる後輩にも恵まれた。同じ問題意識を共有する優秀すぎる後輩に支えられた。自分にはない発想を積極的に発信する彼ら・彼女らから学ぶこともたくさんあった。自分一人ではできないことがどんどんできていく実感があった。大学における課題は山積しているが、「二度とアウティング事件を起こさない」という想いを共有するメンバーと課題に向き合えることはなんとも形容し難い。

自分で動くこと

 詩人であり、京都大学名誉教授の永田和宏はこのような詩を詠った。

「あのことを許したのがすべての始まりとわれら悔ゆべし遠からぬ日に」

 この詩はマルティン・ニーメーラ牧師による詩と同じ警鐘を慣らしている。このような詩である。

「ナチスがコミュニスト(共産主義者)を弾圧した時、私は不安に駆られたが、自分はコミュニストではなかったので、何の行動も起こさなかった。その次、ナチスはソーシャリスト(社会主義者、労働組合員)を弾圧した。私はさらに不安を感じたが、自分はソーシャリストではないので、何の抗議もしなかった。それからナチスは学生、新聞人、ユダヤ人と、順次弾圧の輪を広げていき、そのたびに私の不安は増大したが、それでも私は行動に出なかった。ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた。そして私は牧師だった。だから行動に立ち上がったが、その時は、すべてがあまりに遅過ぎた。」

 非当事者も、当事者の困難に想いを巡らせ、社会の歪みを正して行かなければ、その歪みはいずれ広がり、自分に影響するかもしれない。その歪みは他の事柄に関することかもしれないが、正にジェンダー・セクシュアリティに関わることかもしれない。セクシュアリティは流動的なものであるからして、「自分にとってセクシュアリティは問題にならない」と思っている性的マジョリティも、性的マイノリティになる可能性もある。私も明日、素敵な男性と出会い、バイセクシュアル(両性愛)、あるいはゲイを自認しているかもしれない。

 性的マジョリティを自認している人もまた、明日から自分に降りかかるかもしれない困難を今まさに受けている人に思慮を働かせ、惨禍の拡大を食い止める必要がある。永田和宏やニーメラーの詩は社会正義的アライの重要性を教えてくれる。

 誰かのためではなく自分のためでもいい。自分のためでなく誰かのためでもいい。あるコミュニティや社会が抱えている課題を「他人事」として片付けるのではなく脱人称化させる、あるいは再人称化させることが重要である。そんな人が増えればいいと思う。


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本田恒平(Kohei HONDA)
1995年、東京都国立市生まれ。2018年、明治学院大学国際学部国際学科卒業。2020年、一橋大学大学院経済学研究科総合経済学専攻修士課程修了(経済学)。現在、一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程(専門は政治経済学、労働政策)、LGBTQ+ Bridge Network代表。
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※この記事は「一橋プライドフォーラム 活動報告書Vol.2学生コラム」で掲載したものを転載しています



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当サークルは一橋大学CGraSS(ジェンダー社会科学研究センター)と一橋大学卒業生有志団体Pride Bridgeとの共同事業であるPride Forumに参加している一橋大学サークルです。ジェンダー・セクシャリティを専門としたPride Forum Resource Centerの運営や、学内イベント実施を行っています。(since 2020)

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