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もしかしたら彼は自死していなかったかもしれない〜自死事件とセクマイサークルORB〜 山内浩平

 私は2015年春に一橋大学商学部へ入学しました。その頃の私にはもう「自分が同性のことを好きになる」という自覚がありました。高校生の頃からその自覚はあって、同性同士でじゃれあっているクラスメイトや部活の同期に対して発せられる「お前ホモかよ」という言葉に、いつも一人で静かに傷ついていました。しかし、自分がゲイであるとハッキリ言いきれるほどの自信もありませんでした。なぜなら、高校生の時に同性のクラスメイトのことが好きでしたが、しかしなんとなく同じ部活の異性のマネージャーが好きな気持ちもあったからです。自分でもまだしっかりと自分の性のあり方について整理ができていなくて、さらに、自分が同性に惹かれるということは他の人にほとんど言ったことはないような、そんな状態で私は一橋大学に入学しました。

 入学前の私は、一橋大学の学生に対して大きな期待を寄せていました。一橋大学ではジェンダー・セクシュアリティに関する授業がたくさん存在していることを知っており、また多くの学生がその授業を履修することも聞いていました。そのため、知識が豊富な一橋大学の学生たちであれば、セクシュアルマイノリティである自分の存在も受け入れてもらえるのではないかと考えていたのです。そのため、大学に入ったら高校の頃のように異性が好きな振りをする必要もないし、友達の「ホモネタ」で傷つくこともなくなるのではないかと思っていました。

 しかし、それは全くの幻想だったということに入学早々気づかされてしまいました。一橋大学の新入生は入学してすぐに「新歓合宿」と呼ばれる1泊2日の旅行へ行きます。それは、語学クラス40人が一単位となって行動し、アクティビティや宿泊を通じてクラスの交流を深めるために行われているものです。入学してすぐに仲良くない人たちと宿泊をしなければいけないので、私はあまり乗り気ではありませんでしたが、入学してすぐに周囲から浮くのも気が引けたので、私も新歓合宿に参加しました。そしてその合宿の夜に、私は高校生の頃に聞いていたものと全く同じ「ホモネタ」をクラスメイトから聞いてしまい、とても悲しい気持ちになったことをハッキリと覚えています。その発言をした人も、それを聞いて笑っていた人たちも、別に強い悪意があったとは思いません。しかし、当時の私はそれを笑って流すことが出来ず、その出来事が起こってからは、授業が始まってからも語学クラスの人たちとは距離を置くようになってしまいました。入学してから卒業するまでの間に、一橋大学で「ホモネタ」を聞いたのはこの合宿中だけではありません。サークルやゼミの飲み会や合宿などでも何度か聞きました。また、ゼミの教授からは「結婚しなかったらゼミのOB・OG会には参加させない」という話を冗談っぽく言われたこともあります。さらに、知識を深めている機会になっていると思っていたジェンダー・セクシュアリティの授業は、学生の間では楽に単位をとれる授業として有名になっており、やる気のない学生のたまり場のようになっていました(もちろん、中には真面目に受けている学生もいましたが)。そのように、日常生活の中で嘲笑やハラスメントに近い言動を受けたり、一橋大学生のジェンダー・セクシュアリティにまつわる問題に対する意識の低さを知るたびに、私の一橋大学に対する愛着がどんどんと薄れていくのを感じました。

 そのような環境から逃れるようにして、私は他大学にある有名なセクシュアルマイノリティサークルに加入します。セクシュアルマイノリティサークルとは、セクシュアルマイノリティの学生が集まって交流をしたり、社会に対して何らかのアクションを起こすサークルのことです。それまでの私は、自分と同じセクシュアルマイノリティの学生と出会うことが出来ず、また、一橋大学内で安心できる居場所を見つけることも出来ませんでした。しかし、セクシュアルマイノリティサークルに加入することで状況が大きく変わります。サークルには様々なセクシュアリティの学生がいて、年の近い人たちと自分のことを偽らずに話せるようになりました。そのような交流を通じていく中で、私は自分の性のあり方を見つめ直し、自分がゲイであるということをハッキリと受け入れることが出来るようになっていったのです。

 セクシュアルマイノリティサークルに加入してから1年が経ち、自分がゲイであることを受け入れられるようになった頃、一橋大学アウティング事件(*1)に関するネットニュースを見ました。そのニュースを見た時、私が思ったことは2つあります。

 1つは、状況が違えば自死していたのはもしかしたら自分だったかもしれないということ。もう1つは、もし私が一橋大学にセクシュアルマイノリティサークルを作っていたら、もしかしたら彼は自死していなかったかもしれないということです。当時の私は一橋大学内にセクシュアルマイノリティの友人が何人もいて、一度はセクシュアルマイノリティサークルを作ることを考えたこともありましたが、私自身は他大学のサークルに所属しているため、一橋大学にもう1つサークルを作る必要性をほとんど感じていませんでした。しかし、アウティング事件を知って、もしも自死した彼や入学当時の私が感じていたような苦しみを抱いて生活している学生がいるなら、その人たちを支えたいと思うようになりました。また、今の一橋大学でセクシュアルマイノリティサークルを作れるのは自分しかいないという気持ちもありました。そのような思いから、私と私の友人を中心に一橋大学セクシュアルマイノリティサークルORB(オーブ)を設立するに至りました。

 一橋ORBは学内のセクシュアルマイノリティ当事者が交流する場所を提供することを目的に活動しており、週に一度のランチ会と半年に数回の飲み会が活動の中心でした。クローズド(*2)の学生が多かったため学内での広報活動はほとんど行わず、インターネットで検索しなければ見つからないような団体でした。しかし、3年半の間に合計30人弱もの人が私たちの団体を見つけ出し、活動に参加してくれました。一度だけ参加してそれ以降来なくなった学生も何人かいたし、時期によっては1ヶ月近く私以外のランチ会参加者がいないようなときもありました。そういった時は、サークルの運営の仕方が悪いんじゃないかと悩んだり、サークルを作ったのは結局自己満足でしかないんじゃないかと思い詰める時もありました。しかし、昨年サークルを卒業した人から「一橋ORBが存在してくれて良かった、ありがとう」と言ってもらえて、その時にサークルを立ち上げて良かったと心から思うことが出来ました。

 一橋ORBの活動が3年目に入って安定してきた頃、一橋大学の卒業生を中心にセクシュアルマイノリティ学生を支援するための施設を作ろうとしているという話を人づてに聞きました。当時の私はセクシュアルマイノリティ学生を支援するという点には共感しましたが、大学や卒業生が「上から」学生を支援するような印象が強くて、当事者同士のピアサポート(*3)によって救われてきた自分には少し受け入れがたいものだったことを覚えています。最初にその話を聞いてから半年ほどは何も動きが無かったため、計画はとん挫したと思っていました。しかし、夏休みが終わる直前に突然「一橋プライドフォーラム」という新事業が発表され、新しい授業と施設を始めるという話が出てきて驚きました。当時の私は修士論文の執筆作業中で忙しかったため、その事業の手伝いをするかについて非常に悩みました。ですが、私の学生生活も残り半年を切っており、自分の今までの経験が後輩たちのためになればと思い、LGBTQ+ Bridge Networkに参加することを決めました。

▲左が山内さん。センターでの会議の様子(2019年)

 LGBTQ+ Bridge Networkに参加して良かったことは、これからの一橋大学がセクシュアルマイノリティ学生にとってより居心地の良いキャンパスになっていくと確信できたことです。事業の発足当初は何も決まっておらず、手探り状態で作業を進めていたため大変なことも多かったです。しかし、それらの活動を通じて、そこに参加している学生達は皆、一橋大学の現状に対して強い問題意識を抱えていて、それを変えたいという気持ちを原動力に活動をしていることを感じられました。また、セクシュアルマイノリティ当事者の学生だけでなく、非当事者の学生も同じような熱量を持って活動してくれていたことも私にとってはとても嬉しかったです。私はもう卒業してしまいますが、きっと彼らがこれからの一橋大学をより良いものにしてくれるでしょう。

 そしていつか、一橋大学が全ての人にとって安心できる場所になることを期待しています。

山内 浩平
(2020年3月一橋大学大学院修士課程卒業)


注:
(*1) 一橋アウティング事件
・・・2015年4月に一橋大学法科大学院において同性愛の恋愛感情を告白した相手による暴露(アウティング)をきっかけとしてゲイの学生が投身自殺したとされる事件。翌2016年に死亡した学生の遺族が相手側の学生と大学の責任を追及して損害賠償を求める民事訴訟を起こして広く報道されるようになった。

(*2) クローズド
・・・LGBTQの人々で自身の性的指向や性同一性を公表していない状態を暗喩する言葉。クローゼットと同じ。

(*3) ピアサポート
・・・「同じような立場の人によるサポート」といった意味で用いられる言葉。なお、相談に力点を置いた「ピアカウンセリング」、傾聴に力点を置いた「ピアリスニング」なども類似の概念。

※この記事は「一橋プライドフォーラム  活動報告書Vol.1学生コラム」で掲載したものを転載しています。

※セクマイサークル一橋ORBはLGBTQ+ Bridge Networkへと発展的解消をしており、2021年8月現在は存在しません。


↓LGBTQ+ Bridge Network↓ 

ホームページ:https://hitupride.wixsite.com/lgbtqbridgenet 

Twitter:https://twitter.com/LGBT_Bridge_Net 

Facebook:https://www.facebook.com/lgbtqbridgenetwork 

Instagram:https://www.instagram.com/lgbtq_bridge_network/?hl=ja

当サークルは一橋大学CGraSS(ジェンダー社会科学研究センター)と一橋大学卒業生有志団体Pride Bridgeとの共同事業であるPride Forumに参加している一橋大学サークルです。ジェンダー・セクシャリティを専門としたPride Forum Resource Centerの運営や、学内イベント実施を行っています。(since 2020)

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