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複合、強迫観念、心中のしこり、劣等感…。

コンプレックス(complex)とは、
非常に多くの意味を含む言葉です。
だいたい日本語において、
カタカナ英語のまま使われる言葉は、
日本語の考え自体にないものが多い。
訳しづらいから、そのまま使われている。

「キャリア」と同じように、
もともと日本語にはない言葉、なのです。
多義的な言葉、なのです。

ですので、コンプレックス、と
カタカナ英語で使う場合には、
どのような意味で使っているのか、
また使われているのか、

発信者、受信者、双方が確認しながら
探りつつ使わなければいけない

…ちょっと厄介な言葉、なんですね。

本記事は、この「コンプレックス」という
言葉についてのお話。

突然ですが、1992年に日本の
TBSドラマで放映された
『ずっとあなたが好きだった』
見たことはありますか?
すでに三十年くらい前のドラマなんですが。

このドラマでは、佐野史郎さん演じる
「冬彦さん」というキャラが出てきましてね。
まさに「怪演」と言ってもいい、
狂気を交えた表現が話題になりました。
初回の視聴率は、13%ほど。
それが最終回には何と34%ほどに上昇!
まだSNSも普及していない時期、
話題が話題を呼んで、社会現象にもなった
とんでもないお化けドラマの一つです。

「冬彦さん」という言葉は、この年の
新語・流行語大賞で、金賞を取りました
(佐野史郎さんと、母親役の野際陽子さんが
授賞式に出席しました)。

ここで、合わせて使われたのが
「冬彦さん」というキャラを表す
『マザコン』という言葉なんですね。
マザーコンプレックス、の略。
…この強烈なドラマが
日本社会に多大な衝撃を与えたせいか、
日本ではコンプレックス=〇〇コン、という
印象を持つ方が多い、のです。

すなわち「異常な執着、愛着」

マザコン、ファザコン、シスコン、ブラコン。
このあたりは、特定の
家族に対する執着、愛着ですね。
ロリコン、ショタコン、となれば
ある特定の性別・年齢層への執着、愛着
(ちなみにロリコンとは
ウラジミール・ロブコフの小説
『ロリータ』から作られた言葉。
ショタコンとは『鉄人28号』に出てくる少年、
『正太郎』から作られた言葉です)。

ただし。

コンプレックスというカタカナ英語の
語源をたどっていくと、
必ずしも、こういう「執着、愛着」だけを
差す言葉ではない
ことがわかります。

そもそも英語の「complex」は、
「複合の・いくつかの部分からなる・
合成の・複雑な・入り組んだ・
複文の・手間のかかる」などの意味。
これ自体は、いたって普通の言葉です。

この言葉を、文字通り「複雑」にしたのは
心理学者たちでして。

この言葉を「心理学」的に使用する際には、
「現実の意識に反する感情が
抑えつけられたまま保存されている」

という意味が付加されてくるんです。
あくまで、執着とか愛着とかは、
その意味から「派生」していった
意味の一つ、に過ぎません。

有名な心理学者と言えば、
ユング、フロイト、アドラー、
こういう方たちがおりましてね。

ユングは、コンプレックスを
「何らかの感情によって統合されている
心的内容の集まり」
と定義しました。

フロイトは、その精神分析の中で、
「エディプス・コンプレックス」
という言葉を使いまして、
子ども(特に男児)は母親を手に入れようと
父親を憎み、対抗心を抱く…という
心理の抑圧について説きました
(ただしユングは「内向的な人間には
あてはまらない」と批判したりしていますが)。

アドラーは、むしろ「劣等複合」
inferiority complex という言葉を
自分の理論の中心におきまして、
「劣等感を克服することで
人格が発達する」という説明をしました。
ただし、ここまで書いてきた通り、
これまたあくまで
complexという複雑で多義的な言葉を、
「劣等感」という、ある一面的な視点から
あらわしたもの
に過ぎません。

さて、この三つのうち、どれが一番、
戦後の日本では受け入れられたのでしょう?
どれが、日本人にしっくり来たのか?

…アドラーの「劣等複合」なんですね。
「俺はダメだ、ダメダメだ、
でも見てろ、いつかビッグになってやる!」
みたいな、豊臣秀吉的な立身出世物語が、
高度経済成長期の
サラリーマン出世街道的な状況に
マッチしたんでしょうか?

ここから、コンプレックス=劣等感という
意味でとらえる人も、日本では多い
のです。

その上での、「冬彦さん」の衝撃。
〇〇コンという言葉が独り歩きしてしまい、
日本では、コンプレックスという言葉が
まさに「複合」し「錯綜」してしまいました。

色んな意味をあらわすことができるがために、
ケースバイケースで
使い分けなければいけないような、
ちょっと厄介で多義的な
言葉になってしまった、というわけなのです。

そろそろ、まとめていきましょう。

◆コンプレックス=異常な執着、愛着?
◆コンプレックス=劣等感?
◆コンプレックス=心的内容の集まり?
◆コンプレックス=強迫観念?
◆コンプレックス=ただの「複合」の意味?

「私には、コンプレックスがあります」
さて、どの意味なんでしょうか?

使い手は自分なりに、
ある一つのイメージによって、
無意識に使っているのかもしれませんが、

相手は「冬彦さん」をイメージしたり、
「フロイト」をイメージしたり、
アドラーの「劣等複合」的なイメージをしたり、
ただの「複合」ととらえたり、
〇〇コンの一つでしょ?ととらえたり、

使い手とは「違う意味で」
解釈していることがありえる。
そのため「誤解」も生じやすいのです。
(特に、カタカナ英語的な日本語を
使わない海外の方は、全く違う意味で
とらえているかもしれません)

ですので、本記事の冒頭に述べたように、

「発信者、受信者、双方が確認しながら
探りつつ使わなければいけない」


…そういう、ちょっと要注意の言葉ですよ、
と提案した次第です。

さて、読者の皆様におかれましては、
「コンプレックス」という言葉を
どのような意味で使うことが多いですか?
また、その意味において、あなたには、
どんな「コンプレックス」がありますか?

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