見出し画像

手足と頭脳論 ~寄生獣・信長・ユニクロ~

「部下はトップの手足となって
何も考えずに働けばいい。
なまじ勝手に頭脳を使われて
独断で動かれては、
全体の統制が取れずに困るんだ」
「部下はトップと同じくらいに
頭脳を使って判断してもらいたい。
いちいち指示を仰がずに、
現場で判断していかないと
展開が遅くなるんだ」

…組織論において
「手足」と「頭脳」をどう扱うかは
なかなか解決しづらい命題である。

前回の投稿において、
私は、部下を手足のごとく使いつつ
頭脳が育たないことを嘆いていた
経営者の事例を挙げた↓

本記事の冒頭に書いたように、
それぞれに短所が、ある。

部下が全部「頭脳」になったら
統制が効かなくなる。
部下が全部「手足」になったら
すべてをトップから
指示しなければ動かなくなる。

ゆえに、ほとんどの会社(組織)が、
手足と頭脳の「ハイブリッド型」だ。

完全なトップダウンの独裁政治や、
完全にフラットな全員経営者的な組織は、
あまりない、のではないか。

能力にも立場にも差がある個人の
集合から成る組織である以上、
「一人のトップの前にみんな平等」とか、
「全員が完璧に平等の権限を持つ」とかの
組織には、なかなかお目にかかれない。

で、こういう命題を考える時に、
私にはいくつかの事例が
頭をかすめていく。

本記事は、そのうちの3つを
つかまえて文字にしたものだ。

①寄生獣
②織田信長の軍団長
③ユニクロの組織

1つ1つ、書いていこう。

①寄生獣

岩明均さんによる漫画。
アニメ化も映画化もされた名作である。

未読の方のために
できるだけネタバレを避けて書くが、
人間に寄生する「寄生獣」たちの
物語である。

主人公は、人間。
ただし右手を「寄生獣」に寄生されている。

寄生獣は、手足が刃物になったり
盾になったりして高速で動く。
原則、人間を捕食して、食べる
(一応、普通の食事でも大丈夫。
主人公の寄生獣は右手だけなので
人間を捕食しなくても生きている)

この話のラスボスっぽい最強の敵は
「後藤」という存在だ。
この後藤、なんと5体もの「寄生獣」が、
1つの個体に集合している存在である
(しかしパンツ一丁でピアノを弾けるほど
完全に個体を統制して動かすことができる)。

寄生獣は、めっちゃ強い。
人間は、とてもかなわない。

それが5体も集まっている。

この最強の敵に対して、
半分人間・半分寄生獣の
「中途半端」な主人公がどう戦うのか?
というのがお話のクライマックス。

ここで「手足」「頭脳」について書くと。

後藤は、5体の寄生獣の集合体であるが
他の4体を「統制」できるのは
そのうちの2体だけである。
「後藤」と、一応副リーダー的な
「三木」という寄生獣だけだ。

この後藤が他の寄生獣たちを圧し、
手足のごとく統制している時は、
はっきりいって、最強である。
勝ち目が、ない。

しかし主人公は「ある武器」によって
この後藤、いや5体の分裂を促す。

…結末は実際のお話を
読んでいただくくとして、

この話から示唆されるのは
「何らかの予想外の侵襲で
パニックになり統制が取れなくなった時、
手足でしか動けない者たちの集まりは
とても弱くなる」
ということである。

②織田信長の軍団長

それについて、歴史的な事例を挙げる。
ご存知、織田信長の
「軍団長」たちについて。

軍団長、という名前の
正式な役職があったわけではないが、
織田信長の治世の末期には
5人の有力な軍団長たちがいたという。

羽柴秀吉、明智光秀、
柴田勝家、滝川一益、丹羽長秀。

秀吉は、天下を取った。
光秀は、歴史に残る「謀反」を起こした。

いわばこの2人だけが
信長の手足として働きつつも、
主体的に動く「頭脳」にもなれた。

では、残りの3人、
勝家・一益・長秀はどうだったか?

彼らは「信長の手足」としては
誠に有能であった。しかし、

残念なことに秀吉や光秀ほどには
頭脳、つまり自分で判断し
歴史を作る主体としては
動けなかったのだ。

本能寺の変によって
信長という「後藤」的な頭脳を失った時、
彼らは呆然となり、
効果的には動けなかった。

…だが、この3人を責めるのは酷だろう。

信長は、家来たちに「手足」であることを
求め、強いる気持ちが強かった。
なまじ「頭脳」として独断で動き、
彼の意に染まない行動を起こした者は、
次々に鎮圧・粛清されていったのである。
浅井長政、松永久秀、荒木村重…。

そんな恐怖を目の当たりにしつつも、
ひそかに「頭脳」を磨いてきた
秀吉と光秀がむしろ例外、
人外のような存在
なのであって、

勝家たちは誠に人間臭い
存在であった、とも言えよう。

③ユニクロの組織

では、結局、手足と頭脳は
組織の中で、どうすればいいのか?

それを解く鍵が、
ご存知「ユニクロ」の
(株)ファーストリテイリングの経営者、
柳井正さんの言説にある、と思う。

柳井さんは『一勝九敗』という
自身の経営論を書いた著書の中で、
こんなことを言っている。

(ここから引用)

『1990年代前半の(急成長していた)頃は
「手足」が正しかった、
もし一人一人の社員が発想して
(すなわち「頭脳」になって)
やっていたら進路や方向性を失っていたはずだ。
トップダウンの体制でなければ、
次々と高くなるハードルを
乗り越えることは難しかったと思う』
『会社の成長過程からすると
こんな時期も必要かもしれないが
「手足」はそのままでは
満足できないはずだ』
『どんな優秀な経営者でも、全ての業務を
一人で完璧に操りフォローできる
ということはありえない。
各業務、各部門の「手足」が同時に
「頭脳」でなければ
うまく仕事が回らないし、完結しないはずだ』

(引用終わり)

要するに、
手足か頭脳か、どちらが良いか、
という二者択一では、ないのだ。

その会社(組織)をとりまく状況、
会社の成長過程の時期、ステージ、
会社を構成する社員の特質、
経営者の性格や資質、

そういうものを総合的に考えて、
ケースバイケースで考え
アップデートし続けなければ
いけないこと
、なのである。

そう考えると、
「手足でなくしたから、良くなる。
みんなが主体的に動くはずだ」
「頭脳でなくしたから、良くなる。
統制が取れて動けるはずだ」

そんな答えに
安易に「逃げ込む」ことこそが、
発展を妨げるのではないか?

とも思う。

それは、組織内にいる個人も
同じである。
「会社に言われたから何でも従う」
「俺は頭脳派だから、勝手にやる」
そう決めつけて思考停止すること、
そのことこそが危険なのだ。

半分手足、半分頭脳。
半分人間、半分寄生獣。
寄生獣の主人公のような存在、
ひたすら悩み、考え、生き抜くことも
必要なのではないだろうか。

さて、読者の皆様の会社(組織)は、
いかがでしょうか?
どんなステージにありますか?

皆様は手足ですか、頭脳ですか?
…それとも、「寄生獣」ですか?

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!