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思わず五七五で書いてしまいました。
過去~現在~未来と書くと、英文法みたい。
つい、そう思います。思い出します。

英文法を習い始めた昔のことを…。
『過去形』『現在形』『未来形』。
このあたりはまだ明確で良いのですが、
「時制」がエスカレートしていくあの頃。

『現在進行形』か、うん、今「している」のね。
『過去進行形』…その時「していた」んだな。
『現在完了形』?! ええっと、
過去から現在に向かって継続や経験や完了…?

と、このあたりから雲行きが怪しくなってきて

『過去完了形』『未来完了形』…??
なんやようわからへんわ~、と
匙を投げたくなるようになってきました。

日本語の、なあなあな時制に慣れていると、
厳密に時制に表現する言語に触れたときに
「いやいや、そこまで分けなくても…」
思ってしまうものです
(もちろん、英語はまだましなほうで、
他の言語だとどえらい数の時制の変化形が
あったりしますが…)。

ただし。

「思考の傾向」については、
たとえ日本語OSの頭であったとしても、
「時制」を意識したほうがいいと
私は思います。

◆「現在→過去」

この思考に染まり過ぎると、良くない。

というのは、現在をほっぽらかして
過去を美化し、過去に耽溺する、
そういうことになりかねないからです。
『ああ、昔はよかった…』というやつですね。

◆「現在→未来」

じゃあ全部この考えならいいのか?と言えば
一概にそうとも言い切れない。

というのも、過去を全く省みずに、
今やることが、すべて未来につながる!!
すべては寝ればリセット、明日は明日!!
こういう考えは
一見ポジティブな感じではありますが、

ただ闇雲に手あたり次第に行動する、
過去に学ばない、温故知新しない、
「まるで成長していない…!」
(スラムダンクの安西先生風に)
という危うい感じがぬぐえないのです。

過去にも、配慮したいものです。
過去からも、教訓を得たい。
そもそも、未来は誰にもわかりませんから。

◆「過去→現在→未来」

はいはい、わかりました。
これならいいでしょ?と思いがちですが、

この思考にも、はまりやすい罠がある。それは
「過去に起こったことは未来にも必ず起こる」
という誤解、錯覚です。


例えば、コロナ禍について。
疫病に人類はとことん悩まされてきた。
そういう過去がある。似たような過去があります。
ですけど、コロナ禍で「リアルなつながり」が
分断されて、その一方で「オンラインが発展した」
なんていう事態は、今までそこまでは無かった。
ほぼ初めての事態、です。なぜなら
「ネット化」が進んだのは、最近の話だから。

つまり、過去は部分的に
参考にはなり得るけれども、すべてが全部、
同じように繰り返すかというと
そういうわけでもない。現在に即して、
「取捨選択」して活かす
という考えが必須です。

『…なんか、難しそうな話ですねえ。
でも取捨選択して活かすって、
口で言うのは簡単ですけれど、
時間はリアルタイムで動いていますから、
一発勝負でその時々で考えて
活用するなんて、無理ゲーじゃないですか?
実用する歴史? 難易度が高すぎでは?』

そう思われた方へ。
ちょっと良さげな方法が、ありますよ。
思考訓練の一環として。
ここで、タイトル回収です。

◆未来から現在を「過去として」見る

『未来→現在(過去)』という方法です。

つまり、先の未来に自分がいると仮定して、
いま、ここにいる自分、行っている行動、
それがどのように位置づけられるのかを
未来の視点でもって考えてみる、のです。

私たちは過去を経て、現在に生きています。
未来は、まだ来ていません。

しかしながら、現在とは片っ端から
過去になっていくわけですから、
未来に追い付け追い越せで
時間という道の上をひた走っている、
とも言えるわけです。

五分後、この記事を読んでいるあなたは
五分前の過去の存在になるわけです。

「この記事、ためになった!」
「この記事、時間の無駄だった…」

そのようにあなたは「過去」に対して
評価を下すことができます。
過去を考えることは、やりやすいのです。

そこで、考える位置、拠点を、
現在ではなく、未来へとずらしてみる。
その未来の視点から、現在を
「過去として」見てみる。


そのうちに未来は、現在になるわけですから、
いま現在を、過去として見ることも
慣れれば、意外と容易なものです。

徐々に、範囲を広げてみる。例えば、
「十年後から見て、今の自分の立ち位置、
行動は、どのように評価されるだろうか?」
そういう視点を、持ってみる。

いわば『未来からやってきた
ドラえもんの視点』
です。
ドラえもんは、のび太の未来を変えるために
わざわざ未来からやってきています。

これは、闇雲な未来志向、
ただ願望している未来では、ない。
過去を踏まえた未来「志向」であり、
現在を未来につなげる未来「思考」です。

それを繰り返していくうちに、
いささか逆説的ではありますが、

「未来に活かすために、いまここで活動する」
という傾向が進んでくる
と思います。
過去の連続からの惰性、やらされ、ではなく、
未来に活かすための主体的な活動、になる。

とまあ、偉そうに書いてしまった私も、
ついつい過去に耽溺しがち、かつ、
ただ未来を夢想しがちなものですから、
自戒を踏まえて、書いてみました。

読者の皆様は、いかがでしょう?

時制を、意識していますか?
これからの未来を踏まえて、
「今」、動いてますか?
これまでの過去の流れに、
「今」を支配され過ぎていませんか?

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