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キャリアの寺子屋2 ~ピザつきあわせて~

人の個性は、ピザに似ている。

土台の生地。載せる具材。味付け…。
組み合わせによって千差万別だ。

もちろん人気のピザは、ある。
最も有名な『マルゲリータ』は、
赤いトマト、白いモッツァレラチーズ、
緑色のバジルが使われたピザだ。

一説によれば1889年、日本史で言えば
「大日本帝国憲法」が作られた年。
イタリアの王妃であったマルゲリータが
ナポリを訪問した際に
「イタリアの国旗」赤・白・緑にちなんだ
このピザを絶賛したことから名付けられた、
とも言われている。
「イチハヤク」つくるマルゲリータ・ピザ。
ピザの代名詞のような存在!

…だが実はピザは、マルゲリータだけではない。

例えば、ドイツの宰相の名にちなんだ、
卵入りの『ビスマルク』がある。
「船乗り」の意味の『マリナーラ』は、
まさに船乗り好みのシンプルさ。
『ペスカトーレ』は「漁師」の意味で、
海の幸を存分に味わえる。

いや、仮に種類が同じであっても、
焼き加減や店によって一枚一枚が違う。
凸凹が違う。配置も違う。
一枚とて全く同じピザは、ない。

つくりも違う。

ナポリではモチモチの生地が好まれる。
ローマっ子はクリスピーな薄めがお好みだ。
アメリカでは、ビッグサイズに。
シカゴに行けば、それこそどかんと
具たっぷりの深いつくりになる。
果ては、日本に至っては?
トースト、まんじゅう、チップスにまで
ピザ風味が生まれている。

イタリアの「ピッツァ」は、アツアツだ。
原則一人一枚、
ナイフとフォークで切り分ける。
それがアメリカで「ピザ」へと変わり、
「冷凍ピザ」や「宅配ピザ」が生まれて、
カットしたものを分けて食べるようになった。
日本では、ピッツァもピザも混在している…。

「人も同じだな。百花繚乱。
似ているようでどこかが違う。
その中で、どんな味を出すべきか。
どう提供していくべきか…」

私はそう考えながら、第二回目の
「キャリアの寺子屋」の会場へと急いだ。

今回は、駅から近くの古民家。
やはり古民家か。ただ今回は街の中。
前回の山道とは、趣が異なる。

「…さて、今回は、どのように
『個性』を見ていくのだろう?」

あいにくの雨であった。
また雨かよ。第一回も雨だったな。
恐ろしいほどの魔力を持つ
雨男か雨女がいるんじゃないか?
そう邪推したが、もしかしたら自分が
そうではないかと思い、首をすくめた。

…運転しながら、主催者の顔を思い浮かべる。
仮にMとしておこう。
Mは、第一回目にこう言っていた。

「『文脈』をすっ飛ばしてしまって、
表面的な職業名や個人名だけで、
子どもの夢を摘み取ってはいませんか?」

…進路指導、キャリア教育、と言えば、
「『何』になりたいか?」
「『誰』を目指したいか?」
そんな問いが、真っ先に思い浮かぶ。
そうではない、と彼は言った。

「『思考特性』や『行動特性』は
人によって全く異なるのです。
いわば、エンジンの一番中央にある歯車。
これが誠に強固で、容易には形が変わらない」

Mは、プリントで丁寧に説明してくれた。

「能力・価値観・興味、それらはすべて
『個性』、つまり人の『特性』に影響されます。
いくら「~する力」『能力』があっても、
「~でありたい」『価値観』が分かっても、
「~が好き」『興味』が明らかになっても、
自分の凸凹、歯車を理解していなければ、
それらは自分なりの願い、推進力になりえない」

…うん、確かにそうだ。

だが、どうすれば自分の個性がわかるのか?
ましてやピザではない、生身の人間のことだ。
生地も具材も味付けも、分かりにくい。
切り分けにくい。
第二回目は「ワーク形式」だと言うが…。

じきに、車は会場に着いた。
駅の近くに公園がある。
バジルのような鮮やかな緑の中に、
古民家がぽつんと一軒建っていた。

午前十時、第二回目の寺子屋、開始。

参加者は、十人強、といったところか…。
畳の上に座る。
Mは、あらかじめ用意していた
参加者別の分析結果を会場に持ってきていた。

「ベクトルは四つ。
どのベクトルが大きいかによって、
偏りが生じていきます。
その凸凹、尖りこそが、個性」

雨音が、屋根を打つ。
参加者は、真剣に聞いている。

「四つそれぞれのベクトルに関連して、
好ましい行動、好ましくない行動があります。
自分には当たり前のようにできることが、
他人にはストレスに感じるかもしれない。
自分には容易にできないことが、
他人ならノーストレスでやれるかもしれない…」

みな、自分の個性の分析結果に
目を奪われていた。
同じタイプの人がいる。
違うタイプの人もいる。
千差がある。万別だ。

「例えば『探求』が好きな方は、
フレームの外に探しに出かけます。
外に向かって拡散していくのです。
そんな人がもし、一日中、
同じ場所で決まった同じ作業、
ルーティンワークをするとどうなるか?
ストレスになる、とは思いませんか?」

大きくうなずく参加者たち。

「今ここにいる十人程度の方たちでも、
それぞれ大きく個性が違っている。
お互いに補い合っている
ご夫婦の方もいらっしゃる。
自分とは違う個性の話は、
自分に無いことだけに、興味深いかもしれない」

そうだ、その通りだ。
ナポリのマルゲリータが当たり前のピザだと
思っている人がシカゴピザを見たら、
びっくり仰天することだろう。
ましてや日本のピザまんを見たら?
それこそ、腰を抜かすかもしれない。

人それぞれ、個性がある。
個性の理解を無くして、
キャリアを考えることは難しい…。

「では、似たタイプの人同士に分かれて、
あるケースを想定して、
どのように行動するか考えてみましょうか」

グループ・ワークショップ。
ピザのように丸く、車座になって行う。
笑顔がはじけ、議論は深まりを増していった。

…正午頃、散会。
時間のある人は、自然と二次会へと進む。

つくば市で有名な、某店の「ピッツァ」。
それがテイクアウトで古民家へと運ばれる。
本場のイタリアン・マルゲリータ。
それをアメリカ流に分け合って食べた。
日本の古民家の中で、食べたのだ。

参加者同士、ひざを突き合わせて…!

何とも不思議な、だが心地よい空間。
もちろん、ピザの味は、極上だった。

どんな土台に、何を乗せ、どう調理するのか?
焼き具合は、見せ方は、分け方は…?
イタリアで生まれ、アメリカで成長し、
日本でも親しまれているピザ。
そのピザのような豊かな個性が、今日、集った。
「自分なりのキャリア」のヒントを、
一人一人が存分に味わうことができたのだった。

人の個性は、ピザに似ている。

古民家を出た。
今回は、雨は上がっていなかった。

しかし、その厚い雲の分かれ目に
爽やかな晴れ間が広がっていることを、
私はなぜか確信していた。

(おわり)

宮内 利亮 さんが主催された
『キャリアの寺子屋 第二回目』!
金谷 武 さんも参加されました。
多少脚色して、その様子を
短編小説として書いてみた次第です。
少しでもその雰囲気を
読者の方にも味わっていただければ幸いです。

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