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1、スマート・テロワール

農村が消滅する。人口が減り、都会しか生き残れない。

人口減少社会の中で、このように危機感を持っている方は多いのではないでしょうか。そこで、1つの本をご紹介します。

松尾雅彦さんの「スマート・テロワール」です。

テロワールとは何かについては、こちらの記事をご参照ください↓。

要するに「その土地ならでは環境」(テロワール)があるのだから、それを活かして「美しく強靭な農村自給圏」を作っていこう、という提言です。もう少し詳しく見るために、本書の紹介文を引用しましょう↓。

農村再建への最強シナリオ
カルビー元社長の画期的な提言!
限界集落、市町村消滅! ?本当だろうか。消滅どころか、農業・農村にこそ成長余地がある。その実現を阻んでいるのは、水田を偏重する「瑞穂の国」幻想だ。
耕作放棄地や有効に活用されていない水田を「畑や放牧地」に転換し、その生産物を域内の工場で加工すれば、味はもちろん、価格も、輸入原料によるナショナルブランド商品に負けないものがつくれる。
その商品を域内の消費者に新鮮なうちに届け、最高の状態で提供するとともに流通コストを抑える。ここで大切なことは高級品ではなく、日常食品でシェアを確保してこそ量のメリットも得られることだ。そうしてこそ、一部ではなく全体の復活につながる。
曖昧な活用の水田100万haがよみがえれば、15兆円の新しい産業創造につながる(ジャガイモの生産と加工によるカルビーの工場出荷額から試算)。
契約栽培で市場価格の30%オフを実現したカルビー元社長の「辺境からの変革」の提案。 

◆現状は「水田」偏重→畑や放牧地に変換し、さまざまな農産物を作る
◆現状は「高級品」偏重→日常食品でシェアを確保する

確かに、いまの農業はどちらかというと「稲作」の割合が多く、農家は「儲かる農作物=高級品・付加価値のつく農作物」を作りがちです。そうではなく、もっと「畑作・畜産」の割合を増やして「日常食品の農作物」を増やし、「域内で加工」して「域内の消費者に届ける」。こうして各地域に「自給圏」を作っていく。ポテトチップスで有名な、カルビーの元社長ならではの発想ではないでしょうか。

農業・農村こそ、成長の余地がある。

まさに発想の転換です。この言葉は、消滅におののく農村への一筋の光、かもしれません。私も、先日の記事で「6次産業」について書きました↓。

要するに「1次(農林水産業)×2次(加工して)×3次(売る)」という発想です。最近ではこれに、さらに他の分野を掛け合わせて「12次産業」になったりしています。

「スマート・テロワール」にしても「6次産業」にしても、ただ農産物を作るだけじゃだめですよ、発想を転換して、社会全体の中の位置づけを考えて、取捨選択して、付加価値や機能性を高めていきましょうよ、というメッセージが込められているように感じます。

2、変わらなきゃも変われるのか?

さて、ここまでで、読者の皆さんはどう思われましたか?

「その通り! 農業も農村も変わっていかなきゃ!」と思いましたか? もちろん、実際に農業に携わる方、農村経営に従事している方も、そう思っている方は多いでしょう。実際に、変えるべく実践を行っている方もいます。

しかしながら、変わるのはとてつもないパワーが必要です。0→1ならば最初から新しくできますが、1→10にするのはよっぽどのことがないとできない。それなら質を変えて1→1にすればいいではないか、と思うかもしれませんが、これまでやってきた行動を変えるというのは、本当に難しい。

ましてや、農業・農村です。

「先祖伝来の田んぼでの稲作」「農協とのしがらみ」「地域の他の農家との調整」「閉鎖的な人間関係」「後継者不足・高齢化」「情報化・見える化の遅れ」…。このような、ともすればネガティブなキーワードがちらつきませんか? 「えっ、ずっと作ってきたお米を作るのをやめるの?!」「農協に逆らうの?」「勝手にうちだけやるの?」「なぜ波風を立てようとするの?」「そもそも誰がやるの?」「インターネットって、鳥よけネットか?」という架空の会話が聞こえてきませんか?

強力な「外圧」とか、生きるか死ぬかの「飢饉」とか、強烈なリーダーシップを持つリーダーの「上からの改革」などがないと、なかなか変わらない部分があるかもしれません。そのような縛りの多い中で、何とか必死にできる部分から変えようと努力している農業・農村の方に、敬意を感じます。

3、信じて託す

そこで1つ、事例を書きます。これは農業・農村のことではありませんが、1つの企業が変わった話です。どの企業か? 

実は、「スマート・テロワール」を書いた松尾雅彦さんが経営していた会社、カルビーです。

松尾さんを「元社長」と紹介しましたが、実は2009年に、松尾さんは1人の「経営のプロ」にカルビー再建を託して、トップの座を退いているのです。そのあたりの一端を、託された側である「経営のプロ」、松本晃さんが明かしています。この記事です↓。

この記事から、一部を引用してみましょう(太字引用者)↓。

経営を受け継ぐとき、僕が雅彦氏に言った最初の言葉が「(取締役を)辞めてください」でした。長男、二男のお二方にも、経営から身を引くようお願いしました。3人とも会社に多大な貢献をされた方たちでした。しかし、そういう人がいる限り、社員は命令を待つばかりで何も考えないし、何もしない。それでは会社は変わらない。会社を変えるには、松尾家の全員に退いてもらうのが一番と考え、そう説明しました。
すると雅彦氏は「よしわかった」と……。経営から退く、退かないで創業家と会社がもめるのは、よくあることです。あっさりと身を引く決断をした松尾家の人たちは本当に偉かった。

これ、すごくないですか!?

松尾さんは、創業一家の3代目社長です。ふつうなら「何を言っているんだ。ここは俺(たち)の会社だぞ!」と突っぱねてもいいところです。それを「よしわかった」と身を引く。なかなかできることではないと思います。

こうして「信じて託された」松本さんは、見事カルビーを「儲かる会社」に変えました。人を見る目と、その期待に応える実力。自分にはできないと判断したら、信頼できる実力を持つ人に任せる。

会社を根本から変えようとするときに、前任者の処遇は本当に難しいんですね。有能なら有能なりに、無能なら無能なりに、あれやこれやと口出しして、改革が骨抜きになってしまうことがある。これではダメです。根本から変えるなら、経営陣一新、内閣総辞職が妥当です。

なお、どのように松本さんが再建したかは、こちらをご参考に↓。

もちろんこれは、利益だけでない様々なしがらみと思惑が渦巻く農業・農村の話ではなく、利益を追求する一企業だからこそできたことかもしれません。しかし、強烈なリーダーシップを持つリーダーの「上からの改革」の一つの事例として、参考にすべきところはあるのではないかと思います。

4、経営のプロはフットワークが命

いかがでしたでしょうか? 今回の記事は、スマート・テロワールの話から、組織の変化、松尾雅彦さんと松本晃さんの話へと進めてみました。

なお、松尾さんは2018年に逝去され、その流れもあって、松本さんはカルビーの経営から退いています。

次にどの会社に携わったかは、ニュースでご存知の方もいるかも↓。

その後、松本さんは、RIZAPグループからの経営から約1年(2018年6月~2019年6月)で手を引き、今では「ラディクール」という「温度を下げることのできる省エネ素材」を扱う会社を起業されたそうです。

この松本さんの行動から、次の3つの力が大事だと思いました。ビジネスの経営には、情けだけではなく「冷徹」で「ドライ」な行動が必要です。

◆創業一家相手であっても、言いにくいことを言う「直言力」
◆選択が誤りだったら、一秒でも速く方向転換する「転換力」
◆将来を見据え、伸びていく分野を探して世に出す「観察力」

もちろん、この3つの力を支えるのが「勇気」「実践」であることは、言うまでもありません。

もし、企業再建やV字回復の経営に興味がおありの方は、三枝匡(さえぐさただし)さんのこちらの本もぜひどうぞ↓。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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