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しばらく、歴史考察の
一連の投稿をしていました。

LinkedIn投稿的には
異色の投稿ではないか、と
読み返してみて
自分で思いました
(まあ、皆さんそれぞれ
存分に異色ではあるのですが…)。

ブランディングや
教育や採用(面接)などを
ビジネスに引き寄せて
書いてみましたが、

「仕事論」と「歴史論」の
2つがある、と仮定した場合、
「仕事論からの歴史論」
ではなく
「歴史論からの仕事論」
の投稿だったからです。

なぜそうなるかというと。

私が、自分の課題、
「いかに歴史を仕事に転化させるか」
もっとぶっちゃけると
「いかに歴史で食っていくか」
を模索しているからなんですね。

以前、ずばりの題で
note記事を書いたこともあります↓

…「歴史で食っていく」と考えて
一番「世間に認められている」のは、
学校現場(あるいは教育産業)で
「歴史の先生」になること
でしょう。
ただ、プロフィールにも
書いているように、
私はそのレールから外れました。

「教員採用氷河期」
(ほとんど採用がゼロ)
という環境もあったのですが、
自分の中に
「コレジャナイ感」が
満ち満ちてきたのも原因です。

「歴史の教員に、俺はなる!」
的な情熱が
私に満ち満ちていたのであれば、
「採用枠ゼロでもいい」
と、その道を邁進していたでしょう。

私は、そうはしませんでした。

なぜなら、
歴史というものを
もっと違う環境、違う人にも
活かせるのではないか?
使えるのではないか?
でも、その活かし方や使い方が
(学校教育のせいばかり
ではありませんが)
あまり知られていないのでは…?
そう思ったからです。

歴史を学ぶのは、
学生ばかりじゃない。

むしろ歴史を学び、
活用すべきなのは
社会人ではないだろうか?と。

…え、じゃあどうするの?
食えるの?

その可能性の1つとして
考えたのが、前回の記事です。
「採用は 社史/自分史の すり合わせ」
「経営」「人事」で
「歴史」に対する考えが
必要不可欠ではないか、と論じました。

私が書くまでもなく、
実際の人事(採用)や
ブランディングの現場の方は、
記事内で書いたことなど
百も承知ではないか、と思います。

ただ、無意識に行っていることを
こうではないでしょうか?と
文字化して、意識化にすることに
意義があるのではないか
とも思うのです。

LinkedInでの投稿は、
このような漠然とした思いを
文字化して「物語り」、
「歴史化し歴史家する」
効能もあるのではないか
と思います。

なお、手前味噌になりますが、

創作という形で
「地理や歴史」と「人事」を
つなげようと書いているのが
お仕事小説
『人事屋エイルシリーズ』です
(Twitterとヒストジオ団体ページで
連載しています)(宣伝です)

https://www.linkedin.com/company/74771593/admin/

…読者の皆さんは、いかがですか?
LinkedInなどへの投稿を通して
自分の考えの軌跡が見える化した
実感を持ったことはありますか?

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!