日本人作曲家の現代作品を広めるには~杉浦菜々子さんインタヴュー~

 日本人作曲家のピアノ曲演奏に取り組まれている、ピアニスト、ピアノ教育家の杉浦菜々子さん。杉浦さんが行っているように、いわゆる現代音楽の中で、日本人作曲家の音楽から紹介をするのは、この日本で現代音楽を広める上で、ひとつの自然なやり方だろう。
 そう思った私は、去る2020年8月11日、ピアノ教室を開かれているご自宅にて、お話を伺った。
 日本人の現代音楽作品は、ガイドして紹介するのが有効という。弾き手となる子どもにも、演奏会の聴き手にも。そして、ピアノの先生に対しても。これはどのようにするのがよいのだろうか。
 記事末尾の「杉浦菜々子アイデア集」に至るまで、ぜひお目通しいただきたい。

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 日本人作曲家の音楽をどう広めるか。これを考えるときは、弾き手、教育者、聴き手に分けてとらえると整理しやすい。


弾き手へのガイド

 まず弾き手について。杉浦さんは子どもにピアノを教えるときに、なんと日本人による現代作品も教えるという。子どもはまさに未来の弾き手だ。どのように教えるのか。どのように子どもにガイドするのか。つぎのように語ってくれた。

 現代作品には、リズムや拍子の多様性や、不協和音の多用などがあります。不協和音については、私はこのように教えています。ずっと綺麗な調性の曲で育つと、不協和音に出会うと、手があってるの、とピアノ弾くときに違和感を持ってしまいます。けれど、小さいころから不協和音に触れさせておくと、濁りが美しいことを教えられる。濁っている美しさ、歪んでいて、ぶつかっててとか、ぶつかっているからもっとぶつけよう、ぶつかった後の開放感が凄いんだよ。
 また、不協和音の濁りなどには意味があるんだ、もっと濁れ濁れ、濁っていいんだよ、とあえて濁らせ、きれいなばかりが音楽ではないのも教える。このように濁らせることも教えると、自分の心を通して演奏するようになるから、このように教えるのは、すごく有効です。子どもたちは、和音の配合やペダリングにも関心を持って能動的に考えるようになります。
 生徒に教えるときは、考えるためのヒントを出しながら本人のイメージを引き出します。「どんな風景?どんな天気?どんな人がいる?(いない?)」など。曲は、音楽史、人物像などの事実を知るだけでなく、そこからイメージを広げて演奏に落とし込むことで、確信をもって演奏することができるので、イメージを持つことは絶対に必要な作業になっています。

 子どもへの音楽教育に現代曲を取り入れる音楽の先生はまだ少ない。どのように教育で現代音楽を扱うかは、開拓の余地がある領域だ。杉浦さんのように、不協和音の意味を積極的に教えることは、まさしく現代音楽教育の柱だろう。加えて、日本人作曲家を重視しレッスンで取り上げることも、日本における現代音楽教育の2つ目の柱となるだろう。
 まさにこれは、現代音楽活動の重要なアイデアである。ここまでだけでも、2つのアイデアが出てきた。今度は教育者に絞ってみていく。

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杉浦さんの楽譜棚。子ども向け曲集が並ぶ


教育者へのガイド

 現代曲をレッスンに取り入れる音楽教育者は少ない。作曲家は自分の曲が広まったらと思いながら曲を作っている。そしてそれを普及させるのは、演奏家のみではない。教える教育者もである。教育者にどう現代音楽の魅力を伝えるかも、実はかなり大事なことなのである。
 どうすればピアノの先生方にとって現代作品は教えやすくなるのだろうか。お話によれば、第一に、先生たちへの現代音楽セミナーを開くとともに、第二に、作曲家が音楽の様々な要素を一曲に含ませた、現代作品を学習しやすい曲を作ることが肝要だ。いわく、

 ピアノの先生向けの、現代曲ってこう面白いから生徒さんに弾かせてください、という講座があまりないですね。ブルグミュラーとか来る人が多い講座は開催が多い。子どものための現代の作品は身近なものだと思うが、セミナーは圧倒的に少ないと思います。
 日本では、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)、JPTA(日本ピアノ教育連盟)、カワイ楽器などに、指導者のグループがあります。そこでよくいろいろな講座が開催されています。そこに入っているとメールニュースが来て、それ見てみなさん行かれています。ピティナはコンペに4時期、つまりバロック、古典、ロマン派、近現代の課題があり、近現代も予選で必ず弾きますが、近現代の魅力的な演奏は少ないと感じます。バロック、ロマン派はすごくうまい生徒さんがいるが、近現代は、演奏に改善の余地がある生徒さんが多いと感じます。そこを何とかできればいいのですが。また指導者の方でも、「日本人作品(現代曲)は敷居が高い」とおっしゃる方もいます。


作曲家へのお願い

 そこで、杉浦さんから作曲家へのお願い。要望はずばり、ピアノ教育で使える、様々なカラーの音色や響きや奏法を含んだ導入・初級の曲を作って欲しいということ。それにより、現代音楽が学びやすくなるだけではない。カラーの豊富な近代現代の曲の勉強により、古典的な曲(クラシック)もカラーを使い分けて弾けるようになるからだ。カラーを使い分けられるようになる、というのは、ピアノ指導者の方々にとっても重要な観点だ。いわく、

 20世紀以降の近代、現代の音楽は、カラーがすごく豊富。だから、それを一度勉強した上で、古典に戻ると、カラーを変えながら弾ける子になる。そういう方向でアプローチできるんだ、と示すと、先生たちも、もっと日常的に現代曲を弾かせたいと思ってくれるかもしれません。
 なので、作曲家には、一曲の中にいろいろな響きが盛り込まれていて、いろいろな色彩の音色を使い分けることが必要で、響きや音色を使い分けようとする中で、打鍵の仕方など、奏法をいろいろと学べる曲。そのように響きや音色を、奏法、身体的なものと結び付けてやらせられる曲。そういう曲をたくさん作って欲しいです。単にテーマや曲調が子どもっぽいだけだとつまらない曲になってしまいますが、そういうものではなく。

 筆者から付け加えると、ピアノ以外の楽器に関しては、そもそも子ども向け曲集が少なく、まして、現代音楽を効率よく学べるいろいろな要素の詰まった曲はほとんど作られてきていない。作曲家の方々には、ぜひ各楽器についてこういう作品も作ってほしい。また、杉浦さんは、楽器の奏法、身体的要素とも結びついた曲、と述べているのも重要だ。つまり、そのような曲を制作するには、演奏家と作曲家の共同作業も欠かせない。

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レッスン室にて


聴き手へのガイド

 コンサートの聴き手に対してだったら、どう現代作品をガイドできるだろうか。つぎのように語る。

 聴き手の方には、何か感じながらクリエイティブに聴いてほしいので、何年に生まれて、のような音楽史的な情報でなく、個人的なイメージを積極的に話すようにしています。あくまでも聴く方々の自由なイメージの旅を邪魔しないように、説明は少しに留めることが重要だと思っていますが。

 このように、聴き手に対しては、作曲者の生没年や、生まれたお国柄を話すのではない。演奏者が実感を持って話せ、それにより聴き手と共有できる、音楽そのものに根差した解説が大事ということだ。そのうえでは、演奏者が主観を語ることも重要だ。
 たとえば、武満徹のピアノ曲「ロマンス」についてなら、こう語るという。

 細い雨の降る中、しめやかな葬儀の列。途中鈴の音も聴こえる。静かな白黒の世界。終盤は、理性が一枚ずつ獣皮を剥がすようなクレッシェンドで真の姿が徐々に表出していく。狂気的なクライマックスを遂げると、瞬時に何事もなかったようにもとの白黒の世界に戻り、曲を閉じます。

杉浦菜々子さん演奏による武満徹「ロマンス」

 ただし、語ることは最終目標ではない。演奏が最終目標だ。聴き手が語られたイメージに縛られるのもよくない。そこで、聴き方のヒントとしてだけ語る。少しだけ語り、そんな風に聴いてみようと思わせる。それで聴いて、聴き手の人が自分のイメージをふくらませる。そういうのがいい在り方だという。
 日本人の作品の説明では、杉浦さんは、つぎのこともとくに考えているという。日本の音楽は、自分自身の環境や文化に密着しているため、自分の五感を通して感じられるという魅力があること。気候、風土という体感的なものと結び付けて説明すると、実に日本人の曲の魅力がよく伝えられる、ということも。

 以下では、関連して日本人作曲家と山田耕筰に関するお話。これらは杉浦さん自身の思いでもあるが、まさに聴き手へのガイドとしても、興味深いお話になっている。


日本人作曲家の魅力

 現代音楽に携わる作曲家や演奏家や聴き手の、現代音楽に向き合うことになったきっかけの話、自分の中のスイッチが押され長くそれに携わることになるような動機の話は、貴重な情報である。どう現代音楽の魅力を説明したらいいかというときの、重要なヒントである。杉浦さん自身はこう語る。

 私の日本人作曲家との最初の接点は、近代。日本近代が好き。文学、漱石とかが好き。ああいう風情に対し、憧れがある。日本情緒や、近代日本の感じが好きだったので、音楽をやるときも、そういうところで結び付けて行けたらというのがあった。山田耕筰など弾いていく中で、日本の叙情性が感じられ、西洋で早くから学んだ人でもそれが感じられる。大澤壽人の音のある風景。神戸の灘区、自宅からは、海の波の音と神戸製鋼の工場音が聞こえる。そんな大澤の原風景のカケラを楽曲中に見つけて嬉しくなることも。大澤壽人はアメリカの機械音の影響があるが、育った神戸、日本のああいう時代の風景、日本の湿気、湿度が高い、蒸し暑い感じ、そこには今にない風景もあるが、気候、風土は自分の祖先から来ているので、それを曲から感じると、すごく表現したいと思うし、そういうのを見つけると嬉しい。それが日本人作曲家に向き合うことになったきっかけです。
 小山清茂「かごめ変奏曲」の琴や三味線、和太鼓など邦楽器の音、どう弾けばその楽器の音に聞こえるか、ピアノの奏法を駆使するのは楽しい。徳山美奈子「序の舞」での舞踊の立ち振る舞い。動くために、どのくらい間やタメがいるか、首を傾げるような、など動きのイメージ。ユーチューブで舞や邦楽を見て、参考にしたりもします…


山田耕筰への思い

 さらに、山田耕筰について絞って聞いた。杉浦さんは、山田耕筰のCD(「山田耕筰ピアノ作品集《子供と叔父さん(おったん)》」レコード芸術特選盤)を出されている。そして、山田耕筰のピアノ曲全録音にも取り組まれている。何がそうさせるのか。山田耕筰の魅力を聞いた。

 山田のよさは、自由にやれること。構成をしっかり作るタイプでなく、行間があり、その行間をどう間を取り、響きを減衰させ、というのが演奏者の自由で、演奏者に任されているところです。それがなんでかなというと、石井漠などの舞踊に思いがあったからでしょう。踊りは所作に時間が掛かったり、首を傾げたりし、その動きのイメージが凄くあったと思うんですよ。そういう所作をイメージしながら、ここでこう減衰させ、次の音は減衰させたところからはじめるか、突然違う方から何かがやってくる形なのか、とかそういうのも含めて考える楽しさがある。たとえば、一柳慧さんとかは、見事な作品で読み解いていく面白さがありますが、楽譜に書かれたことをきちんとやればそうなるものでもあり、山田はそれとはまた違い、書かれてないから、自分に任されるところが面白い。

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演奏ではタブレット端末も利用する


まとめ
~杉浦菜々子アイデア集~

1 日本で現代音楽を広めるには、日本人作曲家の曲から紹介するのが自然な道。レッスンでも取り上げる。

2 子どもへのレッスンでも、不協和音の綺麗さ、ぶつかり合いの後の開放感など、現代作品に多用される不協和音の魅力を教える(=弾き手へのガイド)。

3 近代、現代の音楽は、カラーがすごく豊富なので、それを一度勉強した上で、古典に戻ると、カラーを変えながら弾ける子になる。そういう方向のアプローチを他の先生たちと共有したい(=教育者へのガイド)。

4 1曲の中でいろいろな響きや音色を勉強できる曲があると、現代音楽教育はやりやすくなる。作曲家にはそういう曲も作ってほしい。そういう曲を学んで音楽のいろいろなカラーを知れば、古典作品の演奏にも活用できる(=作曲家へのお願い)。

5 聴き手に対しては、演奏作品に関し、自分の実感をもとにした主観も語る。それにより、曲のイメージを聴き手と共有でき、聴き手をいざなえ能動的に聴いてもらえる。日本人作品については、気候、風土など自分の五感を通して感じた曲への思いも語る(=聴き手へのガイド)。


 このように杉浦さんは、いろいろな面で現代音楽教育者とでもいえる人だった。他にも、ピアノの鍵盤の具体的な押さえ方など、打鍵に関する奏法も教えていただいた。それは、私が最初に杉浦さんの魅力として感じた、豁然としたサウンドとともに弾力ある情緒が込められた演奏の本質の一つにあたるものと感じた。


☆-杉浦菜々子さんおすすめの子どものためのピアノ曲集-
1. 佐藤敏直『こどものためのピアノ曲集「ピアノのらくがき」』カワイ出版
http://www.editionkawai.jp/shopdetail/003002000109/

2. 千原英喜『こどものためのピアノ曲集「さよならさんかく」』カワイ出版
http://www.editionkawai.jp/shopdetail/003002000282/

3. ジョン・ジョージ『森の夜明け お話と身近な楽器を加えたピアノ・ソロと連弾』全音
http://shop.zen-on.co.jp/p/177838

☆-杉浦菜々子さんホームページ-
オフィシャルホームページ https://www.nanakosugiura.com/
杉浦菜々子ピアノ教室 https://nanakom54.wixsite.com/mysite

 本インタヴューの主旨は、現代芸術活動のアイデア、現代芸術の魅力をどう表現できるかについて、関係者から話を集めること。それにより、現代芸術活動のやり方の体系をつかみ、うまく社会の中で演奏家なり作曲家なり表現者が動くための素地をつくることにあります。引き続き演奏家、作曲家等の方々にインタヴューをしていきます。

               (聴き手:北條立記 作曲家・ライター)

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