【感想】『短くて恐ろしいフィルの時代』を読んで
この物語はとても奇妙だ。
全てが想像を超えてくる。真実味を帯びてきたと思ったら、次の瞬間には唐突に非現実の世界に放り込まれる(特にラストシーンでは本当におったまげた)。
随所に奇々怪界でユーモラスな描写があるが、時折それは私たちの背筋を文字通り凍らすことになる。
この短いが摩訶不思議な物語は、フィルのいう極めてユニークで奇怪でそれでいて暗示的な主人公をめぐって転がりまわる。彼は内ホーナー国と外ホーナー国という二つの国を牛耳り、独裁的な権力を振るったが、それ故に自ずから滅亡するという数奇な運命にあった。
しかしながら、彼の存在はこの奇想天外な物語においてリアリティを帯び、かつ私たち(読者)を震撼させる。
それは何故だろうか。
まず、彼はかのヒットラーばりの迫害者だ。
内ホーナー国の住人を冷遇し迫害し、精神的に追いつめ、最後にはその存在までも消し去ろうとした。
私たちの人間の歴史を振り返ってみても、強者が弱者を、持つものが持たざるものを迫害してきたという紛いもない事実があるが、この物語の中で、搾取されその住処さえ奪われんとせん内ホーナー国の住人への憐憫の情、またそこから折り返してくる略奪者への憤怒の情がフィルへと向けられる。
歴史上の独裁者や迫害者の像がこの物語上のフィルの像へと覆いかぶさり、「リアル」に私たちはフィルを憎む。
加えて、彼の、独裁者としての存在を可能ならしめるものとして外ホーナー国の住人(レオン、ラリー、メルヴィン)は、フィルに逆らう事ができない。
外ホーナー国の大統領を、鼎の軽重を問うことなく追い出した際も、内ホーナー国から物資を略奪する際も、彼は外ホーナー国の人々を文字通り扇動し従わせたのだった。この描写は、現代における現在進行形のポピュリズム、その実態を、現代の私たちにおいて想起せしめる。
主体的に振る舞い考えることが期待され、一見そうする事ができるように見えるが、実際のところは自律的には振る舞えないような私たちのリアルな様が、まさにフィルの外ホーナー国支配における彼の国の人々と重なるのである。
キリスト教最大の教父であるアウグスティヌスがその著者『告白』において、
「実際、私の心はまっ逆さまに落ちることを恐れてあらゆる同意から離れていたのであり、この留保によって殺されていたのである」
と言った時のように、現代の私たちは信ずるに足る政治的信念や確固たるアイデンティティを決定的に欠いて、まさに「宙ぶらりん」の状態にあり、さらにアウグスティヌスの時代にはいた神もおらず、彼のように苦悩することすらなく、結果としてフィルのようなアジテーターに簡単に煽動されてしまうのである。
フィルの親衛隊である力自慢のジミーとヴァンスに関しても、彼らは圧倒的に「他律的な存在」として描かれている。
その極めつけは、
「俺たちみたいな奴、その辺にごろごろいるもんな」
というヴァンスの発言である。
自分は他者と代替可能な機械の「部品」なるものであると自ら宣言してしまうところに、悲しいかな、フィルによる「ポピュリズム政権」を成立させてしまう原因があるのであり、私たちはともすればこのような権力への服従、またそれを成立させ得る自己認識を自らの中に認めざるを得ないからこそ、自分の中にリアルに「ヴァンス的なもの」を認めるのである。
そして、(ここまでは)不思議ながらもリアリティを秘めて描かれてきたこの物語は、ある意味で私たちに親しみのある世界を、「創造主」という空前絶後で非論理的な存在が出現し、世界を一瞬にして破壊するに至って極地に達する。なんの前触れもなしに、
「と、そのとき、国境地帯の上空から、巨大な手が下りてきた」
とくる。ここで、この物語世界は一転して神秘的で宗教的なものになり、ユダヤ教の終末論よろしく、世界は対立のない平和なものへと創りかえられ、楽園へと相なるのだ。
創造主はかつての住人(内ホーナー国と外ホーナー国の人々)を破壊し新たな人間を創造するが、フィルの残骸だけは新しい国の住人を創り出すための部品とはならず、「ふぃる」として放っておかれ、そこに新しく創られて住むことになった人々(新ホーナー国の住人)を睥睨する。
摩訶不思議なことではあるが、突然現れた創造主は、他者のことを想い、慈しみ、恐怖によってではなく、なんの留保も仮借もない善を信ずることによって成り立つ共同体を再創造したのである。この時の創造主の行為には、何か絶対的で神秘的なものがあり、断絶的で人間の力が儚くも及ばないという意味で私たちをゾッとさせるものである。
そして新たに「ふぃる」と呼ばれるようになったかつてのフィルは、謎めいており不思議な存在ではあるが、かつてのフィルのような「モンスター」が(ほんの少しの間であれ)厳然として存在した時代、世界を暗示するものであると同時に、
現在の新しい世界に平和が訪れるかどうかの試金石となっているのであり、
かく超越的で身も蓋もない創造主の力から垣間見える血の通った人間的なものしるしでもあるのだ。
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