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「名言との対話」 5月3日。高橋和巳「志を貫くということは、日々の精進と結びついている場合だけ、その持続は信頼できる」

高橋 和巳(たかはし かずみ、1931年8月31日 - 1971年5月3日)は、日本の小説家で中国文学者。

高橋和巳は、全共闘世代は必ず読んでいたのではないだろうか。もちろん私も『悲の器』は読んでいる。だが、そのときはよくわからなかった。今回、39歳で夭折した高橋和巳のエッセイを読んでいくらか理解できた感じがする。

高橋和巳は、小説を書くことは、暗夜の大海原に小さな石を投げ、それがどこにおちたのかもわからぬようなさびしさがあるとし、手ごたえのある教員との二足のわらじを履いていた。

さて、小説とは何か。「小説とは男女の仲を基軸としてさまざまの人間関係のありようを提示するものと一応言っていいだろう」と定義している。

そして、「なぜ長編小説を書くか」について語っている。高橋和巳は長編『憂鬱なる党派』には8年かけている。その途中で書いた長編『悲の器』は3年だ。。

「近代の長編小説が短編小説と区別されるの特質は、その探求性と全体性にあった、とまず言ってよいだろう」。それを具体的に説明している。「自己追究の積み重ねによる自己の存在証明」「一人の人間も無限の相互因縁の中心であり、関連によって追究されなければならない」「多様さの中にこそ真実がある」「変貌の相の下に人間を観察する」「もとの姿と変貌していく変化との対応関係に真実をさぐる」である。長編小説は、人間の探求をしながら、人間存在の全体性を描こうとするのであろう。だから、人間のもつ諸相を同時に書きこむことが正しい人間追究の態度であることになる。

高橋和巳は、西欧にまどわされずに、日本の現実の中に、足をどっぷりとつけていこうとした。「思想とは、書物の中にあるのではなく、現実に具体的に、個人あるいは集団が当面するさまざなな困難の解決のための思念の集積としてあるものである。また各人の生活と労働と思惟のうちから、爛熟した果物の汁のようににじみ出すものである」。土着からの出発が彼の立場であった。

人間探求が小説のテーマであり、類人猿とその社会をきわめるために猿と一緒に森の中で住むという、まったく異分野の研究にも触れている。梅棹忠夫の著作に中に、高橋和巳との交流の跡があったことを思い出した。1967年に梅棹は大本教を下敷きにした高橋和巳『邪宗門』の書評を『文芸』に書いて、傑出した「思考実験」と評している。1960年に『中央公論』の「日本探検」の2回目に「大本教」について世界平和を目指す独特の宗教という観点から広範な分析をしていた梅棹は『邪宗門』をS・S・F(ソーシャル・サイエンス・フィクション)という言い方で、人類のゆくえと可能性を探る思考実験として高く評価している。

他にも、このエッセイには貴重な言説が多い。キーワードだけあげる。自己否定。自己否定未来学。大説。老年。論語。魯迅。青春の自己主張、自己の確立、意識の「核」。

長編小説は、すべてが相対化し、風化していく現在において、個人的に自律的であるための一つの方法であるとし、ストイックな壁を自分でつくるべきであり、自らに課する戒律を自分でつくりあげよという。いわば独学の思想だ。長編小説を書くということには、数年間ひとつのテーマにかかわり続けること自体のもつ光栄があるとしている。「志を貫くということは、日々の精進と結びついている場合だけ、その持続は信頼できる」のである。持続する志は、日々の精進によってしか証明できない。もって銘すべし。

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