「ミッドサマー」は2000円以内で観られる拷問だった

大ヒットの報道を鵜呑みにするつもりなんてなかったが、3月18日TOHOシネマズなんば「ミッドサマー ディレクターズ・カット版」の劇場は酷く空いていた。コロナの影響、平日、18禁。理由はいくらでも。

報道に流され早めに購入した通路際の席が台無し。どまんなかのどまんなかを購入すればよかった。高校のときに唯一空いていた最前列席で縦長の名探偵コナンを見てから予約購入の呪いにかかっている。3年、4年経ったって呪いは解けない。

おんなじ呪いにかかっているのか、数少ない観客は予約購入らしき通路際の席ばかり確保している。むかつくくらいかっこかわいいカップルと、声のでかい青年2人組、他は覚えていないが皆が若かった気がする。怖いもの見たさだろうか。カップルの片割れが相手に「ええやん18禁見ようや」とか言って引っ張り込んだかもと思うと笑いとむかつきと別れてしまえという願望がこみ上げてきた。実際、この映画はそういうテンションで観るような内容ではなかった。

手製の地獄みたいな映画で、その出来は2020年初頭に一人勝ちした「パラサイト 半地下の家族」に匹敵する最高さだ。しかし二度と観たくない。もしも映画デートのプログラムにこの作品を組み込んでいる阿呆がいるなら考え直せ。「貴族降臨」か「ヲタ恋」にしておけ。

あらすじと内容

妹と両親を亡くし精神疾患に悩まされる大学生のダニー。恋人のクリスチャンは彼女を支えようとする反面、煩わしくも感じていた。夏になり、ダニーとクリスチャンは留学生のペレの誘いで、仲間たちと共にスウェーデンの田舎町ホルガ、その森の奥で暮らす一族の集落を訪れる。集落では90年周期の夏至祭(ミッドサマー)が催されていた。

予告編を見れば瞭然だが、酷いことが起こる。へらへら少年が異世界へ飛ぶのと同レベルの話、常軌を逸した宗教の登場する映画とはほとんどの場合ろくでもないことが起こる。死と暴力、精神圧迫級のグロテスク。ぐわっと驚かせる演出をチープと笑う人間にとってこの映画は大好物たるものだろう。


いざ観てみたら納得。ルドヴィコ療法の最中にもこの映画が使われただろう間違いない、あれは近未来だから丁度いい時期だったろう。ただ全編ぶっ通しで緊張しているわけではない。もしそうなら観客が疲弊でたまらなくなる。

それを理解しているからか、劇中の夜間は比較的気が抜いていられる、少なくとも序盤は。実際体力なしの俺は観賞後、連れとともに日本橋の爬虫類カフェで動物のケージみたいな香りのヤモリを必死こいて食べた。ミルワームとカエルは食べやすかった。
ただ日が照っている間は地獄。何か起こると予想のつかない日常のシーンですら怖いことが起こるし演出すべてが不気味。現代社会には欠片も存在しないワルツに意匠に風習。全部がシュール。緊張と失笑の境界線を行く絶妙な演出。

一般人の評価は比較的良好。フィルマークスでは3.9。ただレビュー内容を観ると素直に評価しているわけではないらしく、「映画としては素晴らしいが嫌い」というのが散見する。まったく同意見だ。カルト宗教を空想の産物だと固定できない、スローテンポな展開、観てられないグロテスク、怒涛の展開やどんでん返しやハッピーエンドやラブロマンスとは無縁なドキュメンタリーにすら及ぶ人間研究映画的な構成。

「映画」を愛する人にとって「ミッドサマー」は大傑作に成り得るかも知れない。しかし「エンターテインメント」を愛する大衆にとっては期待外れ、それどころかトラウマになっても不思議じゃない作品だ。だってこんな映画を観た後は宿題も食事も恋愛も何もする気が起こらない。ティンダーで会った相手はすぐさま帰るだろうし息子は反抗期の再発まちがいない。リピーターは精神圧迫フェチか映画を愛する考察家だろう。

「ミッドサマー」を観るなら後悔を受け入れないといけない。多分人生に必須なものは何を得られない、得られるのは専門学校の専門とは程遠い筋違いな知識と同レベルの恐怖。アレックスの「観る拷問」を体験したいならば泣く泣く2000円を支払うのだ。

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