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「人の街」グラスゴーが見せた気概

昨日、スコットランドのグラスゴーで、インドから訪問していた2人の男性の滞在先にイギリス内務省移民管理局のワゴン車が現れ、この2人を強制的に拘留しました。すると移民管理局のワゴン車は瞬く間に近隣住民に囲まれ立往生。ワゴン車を囲む市民は百人を超え、警察が動員されワゴン車と市民の間に立ち、膠着状態になりました。

数時間の膠着状態の間、ワゴンを囲む市民は数百人に上り、地元議員や弁護士、そしてスコットランド政府の介入後、拘留された2人は解放されました。解放された2人を市民は大きな歓声と拍手で迎え、実に8時間に及ぶ拘留と反対行動は劇的な結末を迎えました。

この事件の一部始終はツイッターを通じてリポートされ、ニュースは世界中に広がりました。解放の瞬間をとらえたビデオはツイッター上で数百万回視聴され、大きな反響が広がっています。

グラスゴーには "People Make Glasgow" というスローガンがありますが(敢えて日本語にすると「人があってのグラスゴー」、「人の街グラスゴー」でしょうか)、それにふさわしく移民や難民を暖かく受け入れ、そしてイギリス内務省と移民政策を巡り対決してきた歴史があります。ここではその歴史を含めた今回の件の背景を話したいと思います。

今回の事件の起きた場所はグラスゴー市内南部のポロックシールズという移民の多い地区で、特にインドなどから来たシーク教徒やイスラム教徒が多く住んでいることで知られています。スパイス専門店や南アジア系食材を売る店が多くあり、すぐ近くにはシーク教の大きな寺院がありますが、白人人口も多く、いい感じに多文化が共生している地域です。

今回拘留された人たちの一人は父親を訪ねて来ており、また二人ともシーク教の寺院でボランティアとして働き、ホームレスの人たちに食事を提供する手助けをするなど、どれほどの期間滞在していたのかわかりませんが、地域に溶け込み、すでにコミュニティの一部になっていたことが報じられています。それもあって、移民管理局のワゴン車が現れて二人が拘留された際には大きな反発が起こったわけです。

グラスゴーは移民が比較的多く、不法に長期滞在した移民や難民を取り締まる内務省と、移民を守ろうとするコミュニティの対立が繰り返されてきました。2005年には市内の高校生が、コソボ出身の同級生が不法滞在の廉で強制送還されるということを知り反対運動を開始、多くの議員を巻き込んで運動は拡大し、内務省は強制送還を撤回、このコソボ出身の高校生は滞在許可を得ました。

この一連の運動を引っ張った高校生たちは "The Glasgow Girls" と呼ばれ、彼女たちを題材にした映画も作られました。そのうちの一人、ローザ・サリーは今SNPの活動家で、当選はしなかったものの先週の選挙に立候補しました。将来のSNPのリーダーになりうる逸材として期待されているようです。今回の件でも現場に駆け付け、マイクを握って演説をしていました。

また内務省は、不法滞在者を早朝に不意打ちし、迅速に強制拘束と移送を行う "morning raids" を全国各地で頻繁に行っており、グラスゴーでも人権活動団体が状況を注視していた最中でした。もし早朝の強制捜索が行われた場合には市内の活動家ネットワークに情報が共有され、支援者が現場に駆けつけて反対行動を行うメカニズムが確立されていたわけです。このおかげで昨日の件でも迅速に反対行動が開始されました。支援者の一人はワゴンが出発できないように車の下にもぐり、移民が解放されるまで8時間そこにとどまりました。

イギリス政府は近年、高まる反移民感情を受け、移民を制限する政策をとってきています。2012年にのちに首相になるメイ大臣が移民数の削減を達成するために「違法移民に対して可能な限り敵対的な環境を作り上げること」を目標と掲げ、関連各省への違法移民の取り締まり強化を通達、一方で合法滞在の基準を大幅に変更し、滞在をより難しくするなどの変革を推し進めました。早朝の強制捜索もその一環です。

この一連の政策は国連人権委員会やイギリスの人権委員会から非人道的かつ違法であり、外国人に対する差別や偏見を助長する、と批判を浴びました。

一方スコットランド政府は、移民を巡る権限はイギリス政府に保持されているものの、この「敵対的環境」政策に早くから反対し、スコットランドに移民は必要であり、難民を積極的に受け入れるという姿勢を打ち出しました(スコットランドの親移民傾向についてはこちら)。

こうした背景もあり、今回の事件の際はスコットランド政府のスタージョン首相とユーサフ法務大臣(警察等を担当)が介入、警察を動員し、事態の鎮静化と移民の保護を図りました。どちらもツイッターで、内務省の敵対的環境政策をスコットランドは受け入れないと声明しており、イギリス政府とスコットランド政府の移民政策に関する違いが如実に現れました。

スコットランドには移民や難民を歓迎する傾向がありますが、今回の事件はそうした姿勢が多くの市民の間で、特にグラスゴーでは広く共有されており、早朝の強制捜索のような非人道的な行動がとられた場合には、近隣住民、コミュニティ、支援者が抗議し、政府のトップが解決に向けて動くことを示しました。

もちろん、スコットランドに移民を嫌い人種差別をする人たちがいないわけではありません。統計的には人種差別等の態度はイングランドとそれほど差があるわけではなく、移民排除を目的とする極右団体も存在します。

しかし前回も書いたように、移民を排除し人種差別をすることは悪いことであり、それを変えていこうという感覚が社会全体で広く持たれている感じがします。現在のスコットランドは完璧な社会ではまったくないけれど、それをより寛容で、多様で、弱者に優しい社会に変えていこうという気概を感じます。今回の事件はそれが行動に現れたものだと言えると思います。

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