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スーパーで売っているきゅうりの皮はなぜ硬い?

久松農園について色々な角度から掘り下げて発信していきます。夏野菜の代表ではありますが、今や一年中売られている「きゅうり」。きゅうり栽培の現状と久松農園の取り組みを、久松農園代表の久松達央さんに話を聞きました。聞き手・書き手は久松農園サポーターの子安大輔です。

栽培される品種が昔とは大きく変わった

-久松農園から届いたきゅうりは皮が薄くて歯がすっと入るので、思わずそのままかじってしまいました。それに比べると、スーパーで買うきゅうりは皮の厚さとか硬さが気になることが多いんですが、それはなぜですか?

久松:まず大きな要因は「品種」でしょうね。例えば、昔たくさん作られていたイボの多い「四葉(スーヨー)」という品種は、皮が柔らかくて果肉がしっかりしているんです。ただ栽培がしにくくて、かつ運びにくいので、だんだん作る人がいなくなってしまいました。今、世の中に出回っている品種は、果皮が硬くて果肉が柔らかいものばかりなんです。

-久松農園ではどんな品種を使っているんですか?

久松:うちは今年は2種類の品種をつくりましたが、中心は「ときわ光明」というものです。きゅうりって、実はものすごく品種改良の技術が進化していて、きゅうりの種だけを扱う専業メーカーもあるくらいなんです。「ときわ光明」は、埼玉県にある「ときわ研究場」という会社のものですね。

-生産者の中では「ときわ光明」はメジャーなんですか?

久松:いや超マイナーです。というか、プロの農家で使う人なんていません。だってこのサイトでも「家庭菜園用」って書いてあるんですよ(笑)。
きゅうりは専業でつくる人が多いですが、市場流通向け栽培のゴールは「値が付きやすい規格のものを、いかにたくさん安定して採るか」に尽きるわけです。具体的には「耐病性」とか「曲がりの少なさ」といった要素が大切になります。そして流通のしやすさを考えると、皮はそれなりに硬くて傷みにくいほうがいいというわけです。

-なるほどー。きゅうりだけで食べていく生産者が使う品種と、家庭菜園などで使われる品種はまったくの別物なんですね。

今のきゅうりはかぼちゃとの「あいのこ」

久松:先程の皮の硬さに関してはもうひとつの要因があります。それは「接ぎ木」です。

-「接ぎ木」?木を接ぐんですか?

久松:そうです。市場に流通しているきゅうりに関しては、ほぼすべてと言っていいくらい、土台は「かぼちゃ」です。簡単に言えば、かぼちゃの苗ときゅうりの苗を繋げてしまうんです。土台となる側を「台木(だいぎ)」と言いますけれど、かぼちゃを台木にするわけです。そうすると病気に強くなって、一気に栽培がしやすくなります。ただ、当然かぼちゃの形質がきゅうりに出てくることになって、結果的に皮は硬く、中身はぐちゃっとしてしまいます。うちでは接ぎ木をせずに、「自根(じこん)」といって、そのまま栽培します。

-「品種の選び方」と「自根」が、久松農園のきゅうりのおいしさの秘密なんですね。

久松:誤解しないで欲しいんですが、僕は市場向けの品種や接ぎ木が悪いとは全然思っていないんです。そうした生産者は安定供給こそがミッションなわけですから、その目的のためには最適な行動をとっています。実際にうちだって、おいしさの一点だけを追求しているわけではなく、「おいしさ」と「栽培のしやすさ」の間でウロウロとしているんです。

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きゅうりは栽培が難しい

-きゅうりって、ホームセンターなどでも苗を売っていますが、栽培自体はさほど難しくないんですか?

久松:いやいや、きゅうりはとても栽培が難しいです。専業のプロたちの技術はすごいですよ。多分、ホームセンターで買ってきた苗はプランターで上手に育てても、1株から10本くらいのきゅうりが採れれば上出来じゃないですかね。ところが、プロの農家は4ヶ月くらいかけて、200本以上も収穫するんです。

-200本?たった1株からですか?

久松:そうです。きゅうりは病気になりやすくて、そうなったら一発でダメになってしまう可能性があります。それを乗り越えて、大量に栽培するというのは相当の技術が必要です。家庭菜園ではあまり作らない、ほうれん草などの葉物野菜は栽培が難しそうに思うかもしれませんが、むしろ逆です。葉物の場合は、栽培自体の難易度はそれほど高いわけではなく、むしろオペレーションをきちんと回すことが大事になってきます。

-へー、そうなんですね!きゅうりって馴染みがありすぎて、栽培が難しいとはまったく想像できていませんでした。ちなみに、きゅうりの産地はどこが有名ですか?

久松:きゅうりは夏場の東北地方をのぞくと、ほぼハウス栽培です。夏場は福島や岩手が主たる産地になります。きゅうりは夏野菜ですけれど、スーパーでは真冬でも売られていますよね。冬場は宮崎や高知など南の地方から届きます。逆にそれらの産地では、夏には栽培しません。東北の露地物にはかないませんから。そして、春と秋には埼玉や群馬などのものが多く出回ります。要するに首都圏では、春は関東近郊から、夏は東北から、秋は再び関東近郊から、そして冬は九州四国からと、リレーをするような形できゅうりは供給されています。

-そうやって僕たちは一年中きゅうりが食べられるわけですね。

久松:きゅうりは本来夏のものですが、現在は真冬でも夏の半分以上の供給があります。きゅうりに限った話ではありませんが、「旬をなくす」ということがどんどん進んでいるわけですね。

-久松農園ではきゅうりをつくるのは、もちろん夏だけですよね?

久松:そうです。ただ、やはりお客さんのニーズというものもあるので、できるだけ長い期間出荷できるように、旬の前と後ろを延ばすようには努力しています。早い時期に出すものについてはハウスも使います。その場合は当然、低温に強い品種を選ぶことになります。ただ、味について言えば、やっぱり夏の品種のほうがずっとおいしいですね。

本当は畑のままをお届けしたい

-ちなみに久松さんはきゅうりをどんな風に食べるんですか?

久松:そんな特別な食べ方はしていないですよ。スライスしてわかめと一緒に酢醤油で食べると、暑い時期にはいいですね。あと僕は加熱するのも好きです。豚肉の脂と相性がいいので、きゅうりを乱切りにして一緒に炒めます。塩味でしょうがをきかせると、たくさん食べられます。ちなみに、畑でもよく食べていますよ。夏の時期は朝5時から作業を始めているんですが、7時半の休憩のときにスタッフみんなでボリボリ食べています。一人5本くらい食べてますかね。塩を振って食べるので、水分と塩分の補給にぴったりなんです(笑)。

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※レシピ・画像提供は久松農園サポーターの大久保朱夏さん。レシピはこちらからどうぞ。

-畑でもぎたてを食べるなんてうらやましいです。

久松:野菜はやっぱり畑にある状態が最高なんです。きゅうりもピカピカで本当にきれいです。僕らはできるだけ畑の状態に近い形で届けたいと思っています。だから、うちでは収穫時から可能な限り触る回数を減らしています。直接配送なので,採る人と袋詰する人しか触らずにお客さんの元に届きます。農園外の人には触らせたくないですね。

-おぉ、そんな気遣いをしていたんですね。

久松:ナスも畑にあるときは美しいんですよね。そのきれいな皮に指紋をつけたくないから、左手で触らなくてもいいハサミを使っているんです。

-そこまで気を遣っていると、配送についても気になるでしょうね。

久松:そうですね。こればっかりは仕方ないんですが、やっぱり「畑にあるもの」と「家庭に届くもの」はまったく別物です。夏の時期はクール便を使いますが、それだと3度あたりの温度で保管されるので、冷え過ぎちゃうんですよね。きゅうりやナスなど暑い環境で育っている夏野菜は、冷えると味が極端に落ちるので、本当ならば温度変化の少ない常温便で夜のうちにお届けしたいです。とは言え、トラックの中で高温になるのも問題なので、悩ましいところです。

-そうなんですね。てっきりクール便で保冷したほうが、品質が保たれるのかと思っていました。

久松:植物は温度の変化に弱いので,高くても低くてもだめなんです。宅急便で届けるとどれくらい変質するかは気になるので、年に数十回、自分宛てに発送して、届いたものを確認しています。そうすると、やっぱりものによってはだいぶ変わってしまいますね。本当ならば、みなさんに畑でぴかぴかの野菜を見てほしいです。

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有機栽培の難しさ

-きゅうりに関して、有機栽培ならではの難しさというのはありますか?

久松:先ほども触れましたが、きゅうりはとても弱い作物で、病害虫の影響をもろに受けてしまいます。ちょっと病気が出た時に、少し農薬を使って早めに抑えてしまえば、その後はグッと行くんですが、その手を使えないのでみすみすダメにしてしまうことがあります。天候や些細なミスなど、やむを得ない事情で作物が弱っている時に、解決のための答えがわかっているのに、あえてその手段を放棄するというのは、なかなかしんどいと思うことがありますね。

-それは確かにつらいですね。有機栽培だと普段農薬を使わないと思いますが、そういう知識はあるものなんですか?

久松:この7~8年くらい、色々な農家を訪問して学んでいます。最近は有機農家ではなく、特定作物の専業農家だったり、植物工場なんかに行くことの方が多いですね。僕、実は植物工場にも詳しいんですよ。でもその知識は自分の仕事にはまったく役に立ちませんが(笑)

-きゅうりの生産者と話をする機会もあるんですか?

久松:もちろんあります。プロと話すと高度な技術を多彩に駆使していて、話が面白いです。でも、僕らとはアプローチが全然違うから、とても同じ仕事とは思えません。そして彼らの仕事への追求を知れば知るほど、「接ぎ木はダメ」とか「皮の硬い品種は認めない」なんて、とても言えません。彼らのやり方を否定して、自己正当化するのはとても乱暴な話だと思うんです。

-きゅうり専業農家と久松農園とでは、違うルールのスポーツをしているようなものなのかもしれませんね。

それでも有機を選ぶ理由

ーでも、農薬をちょっと使えば病気を回避できるのに、それでも有機栽培を選ぶのはどうしてなんでしょうか。

久松:実は有機栽培で使っても許される農薬のようなものもあるんです。ほとんど効果はありませんけどね(笑)。でも、それに頼りたくないんです。なぜかと言うと、そうしたツールを使えると思うと、植物に対する観察眼が損なわれるからです。要するに、何かあったらそれに対応する武器で解決しようという発想だと、ちゃんと植物を見なくなるんです。病気や虫は常にいます。栽培者の仕事は、それが大発生する環境をつくらないことなんです。目を凝らして、じっと状況を見極めていくことで、自分たちの観察眼は相当鍛えられます。しかし、いくら認められているからといって、そうした薬的なものを使うと、ズルズルとそちらに流されていきますね。そういう人を見ると、中途半端に有機栽培にこだわらず、慣行栽培にいけばいいのに、と思ってしまいます。

-久松さんはあくまで純粋な有機栽培の範囲の中で戦いたいということですね。

久松:僕は昔書いた本でもさんざん主張していますが、有機栽培を賛美する気なんてさらさらありません。むしろいつでも辞める用意があります。だって、解決方法を知っているのに、目の前でダメになるきゅうりがあったとして、迷惑をかける相手はそれを届けられないお客さんです。ならば有機にこだわって、誰が得するの?とすら思うことがあります。でも僕はそういう制約がある中でやるからこそ面白いと思っているんです。農薬も化成肥料も使っていいとなったら、僕は農業を面白いとは思えなくなるはずです。

-久松さんが考える有機栽培の醍醐味はそういうところなんですね。

久松:その分、自分が思うように植物が育っていったときの喜びや充実感は何物にも代えがたいですね。化成肥料や農薬を使っては味わえないものだと思っています。

-先程の農薬と観察眼の関係について、もう少し聞かせてもらえますか?

久松:病害発生のメカニズムには「主因」「素因」「誘因」の3つがあるとされています。例えば「べと病」という病気があるんですが、主因としてはカビがそれにあたります。素因は品種だったり、その植物自体の話です。そして誘因は土壌や風通しなどの環境です。病気を避けるには、その3つすべてに目を向ける必要があります。けれども、農薬を使うことを前提にすると、どうしてもその主因のカビを取り除くことばかりに目が向いてしまって、その個体はどうなのかという素因や、土作りは適切なのかという誘因への意識がおろそかになりがちです。カビなんてどこにでもいるものなので、それを取り除くことに意識が集中すると、他が見えなくなってしまいます。逆に有機栽培はそれらを全体的に見る目が強く鍛えられるわけです。

-なんだか哲学とか禅問答みたいな話ですね(笑)。ちなみに久松農園のスタッフも久松さんと同じような考えなんでしょうか。

久松:うちで有機栽培をやると、かなり多くのことを学べると思います。そして同時に有機のつらさや限界を感じる人もいます。うちから独立したスタッフの中には、有機栽培をやらない人間も多いのは、そういうことでしょうね(笑)


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