沈黙法廷 佐々木譲 新潮文庫

 これまでに刑事物の小説は数々読んできたが、犯人が逮捕された後の裁判の様子までを描いた法廷小説というのはこれが初めてだった。実際に裁判の中で検察と弁護側のやりとりが具体的に、詳細に描かれていたし、被告人と過去に関わった人が傍聴人として登場し実際に手続きや法廷の様子が具体的に書かれていたことが、裁判の傍聴に行ったことのない私にとっては、臨場感を持つためにとても重要だったと思う。
 初めから読んでいくと事件の捜査過程はやや詰めが甘い印象を見せながら展開されていく。殺された被害者と関わりのあったある女性が疑われ、彼女が犯人であると見なされて、速く事務的に処理される中で残された疑問点が見過ごされていた。一方では現場の刑事の中には拙速に進みすぎているという不安を持っている。さらに被疑者は自らのあまりさらけ出したくない過去もあり明確な答弁をしづらい状況だった。事件を報道するマスコミは逮捕された容疑者がどんな人物だったかを、「そういうわけで犯罪を起こしたんだよね」というストーリーで報じることで、彼女のプライバシーにも踏み込んでしまう。
 警察の捜査が終わった時点で、ほぼ容疑者が犯人だと確定しているケースもあれば、警察の捜査が不十分で冤罪である可能性も残されているということは、多くの人が正確に認識していないと思う。しかし、一度誤認逮捕で裁判で争うようなことになると、無罪を主張する被告側が非常に大きなエネルギーが必要だし、プライバシーの面でもマスコミに報じられるなどして、取り返しのつかない傷を負うことになる。警察組織による捜査は容疑者が否認しているような場合には、特に慎重に進めてもらいたいと感じた。
 一方で、弁護士対検察官という構図の法廷での対決がこの小説の中でのハイライトだろう。検察官の人柄やストーリーの予想から、弁護士のチームが被告人に有利となる情報を積み上げていき、勝算のあるレベルまで持っていくという、まさにプロの仕事だと感じた。弁護士という職業の具体的なイメージを私自身持っていなかったが、法律という知識に基づいて都度異なる状況に当てはめて理論を構築していくという、人間性の出る仕事なのだと感じた。
 一般に今回容疑者として逮捕されてしまった女性のように非正規雇用で独身、少し後ろ暗い過去があるなどの状況に置かれていると、不審に思われ誤解を招きやすいのだろうが、警察などの捜査機関が社会的弱者に厳しい目を注ぐことなく、正しくあって欲しいと感じた。

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