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歴史とは 続き①

本書『失敗の本質』は、37年前に刊行され、その後文庫本化もされ、
私は、転職をしてから読んだものである。
本書によれば、戦後、我が国は早期に国内の体制を整える必要があったこともあり、日本軍の組織体制を官民組織に導入したと書かれているが、あの頃も、根本的には強く残っているのを感じたのである。

三章からなる本書のうちの一章では、昭和14年のノモハン事件から、昭和20年の沖縄戦までに至る、日本軍の作戦の失敗についての詳細が書かれており、負けるべくして負けたという分析が、述べられている。読み進めて行く中、もう情けないような失敗と隠蔽の連続なのである。

日本軍の明治規格の戦法と旧兵器に対して、アメリカは、兵器も戦略も絶えず新しく変えて行くのである。物量だけでなく、全ての面で絶望的になるぐらいの差があるのである。満州、今の中国から東南アジア各国までの無謀な侵略が、超大国アメリカ、欧米諸国との無謀としか言えない戦いとなって行く。
二章では、戦略・組織という観点から組織の特性や欠点の分析であり、
第三章では、総括が述べられている。

負けても、負けても、ひたすら続く戦争が、どれだけの無駄な人の死となったのだろうか。戦闘兵士だけでなく、捕虜や非戦闘員である、一般人にである。結局、暴走集団の日本軍の一部は、上菅の命令も無視するカルト集団となり、アメリカ側の最終手段という、本土への原爆投下という最悪な事態となってしまった。
そして、世界史上無い最悪の戦いの結果の敗戦は、今もこの国は、国連からも敗戦国という名となって刻まれているのである。


35年前、大学生だった頃、就職を控え新年を迎えた日を思い出す。
当時、様々な分野で日本の工業製品が、世界にその技術力を認められ、
世界各地へ輸出されていた。made in japan という誇り、自分もその一員
として、世界有数の製造工場で活躍することを夢見ていた。

しかし、実際に働いてみれば、その憧れを持っていた組織は、思っていた
以上に、組織や立場を重視することが求められる所であった。閉鎖的で、
合理性も無く、人材育成の出来ない社会集団。
そして、巨大な組織であっても、無責任な村組織が寄せ集まったもの
だったと思う。
今で言う、パワハラやセクハラなどは、数多く見られたが、それは、
個人としての人格が、無視されることが多い組織であり、
結局は、女性が活躍できる組織とかという、それ以前の問題なのでは
ないか。
そして、33年程の間、様々な組織を見てきたが、そこは官民を問わず
根本的には、どこも変わらない一面があった。

どんなベテランも、そして、組織もミス、失敗をするもの。
だからこそ、その失敗を反省し、個人の責任に押し付けずに、
次に生かすのが、本来の組織なのであるが、それが出来なかったのが、
日本軍であり、そして、いまなお多くの組織で続いているのが、
この日本の組織だと思う。そして、本当の意味での責任者がいない組織。

本書の巻末によれば、大東亜戦争と言われる諸作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗ととらえ直し、これを現代の組織一般にとっての教訓あるいは、反面教師として活用することをねらいとし、学際的な共同作業による、戦史の初の社会科学的な分析である。と書かれている。

かつて、本書はかなり話題になったものの、筆者達が伝えたいことを、
どれだけの人が理解していたのかと、個人的には疑問にも思っています。
若い方たちにこそ、読んで欲しい、そんな一冊です。