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レタス

食べきれないほど沢山ある、そろそろ終わりの紫蘇がもったいないので、明日の夜は天ぷらうどんにしようと妻に話したら、翌日の朝、子供をバス停まで送り戻ると、最近買った小さな製粉機で、昨年収穫した小麦を粉にしていた。
妻の作る農作物は年々種類が増えていっている。
妻が、子供に読み聞かせたくて買った、たしろちさとさんの「せかいいちまじめなレストラン」のようだなと思った。
物語では、りんごジュースの注文が入ったら、畑に林檎をもぎにいったりするようなストーリー。
自給自足を目標にする妻と出会ってから、自分があたりまえだと思っていたことが、そうではなかったんだと気づくことは多い。
妻はいろいろな作物に、毎日せっせと水をやり、お世話をしている。
私は仕事が大好きな引きこもりなので、ずっと仕事をしていたいのだが(仕事という表現はしっくりこず、ついついしてしまうこと、ライフワーク)たまに妻に呼ばれて畑に行くと、変化が大きくてびっくりする。
そこで妻が、こちらの畑では何々を、あちらの畑には何が植っていて...と説明してくれて、なんだか自分が食べることに対して、お膳立てされているのは確かで、とても有り難く感じている。
各々得意なことの分業ではあるが、自分に向いていないことの共存はとてもありがたい。
向いていないと言っても、そのうちに何かのきっかけで植物に向き合いたくなる可能性は無くはない。
私は直射日光と、腰痛のため、しゃがむ姿勢が極度に苦手なので、自給自足をもとめているが、農に参加するのは今のところ米と大豆。今年は息子と一緒に、少しの野菜を妻に作り方を教わりながら、遊びながら作ってみた。
生野菜といえば、レタス、トマト、きゅうりが主役。
少し前に、そろそろレタスが食べれそうだと妻がいった。
ああ、レタスとトマト、キュウリの黄金トリオが久しぶりに食べれるのかと思った時に気が付いた。
トマトとキュウリはもう終わりで、キュウリは残り1本しか無い。
路地栽培だと、レタスが出てくるタイミングは今頃なので、この黄金トリオが出会う時は、儚い至福の時だったのかと、今更ながらサラダさえあれば他におかずが要らない私は気が付いた。
いれいろなドレッシングを作って野菜を食べる楽しみが至福の時。
ご飯が食べれるって有難いね。🥗

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