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【台湾建築雑観】施工図の概念

日本での設計業務は大雑把に言うと、次の様な経過をたどります。

  1. 基本構想

  2. 基本設計

  3. 確認申請

  4. 実施設計

実施設計図書を元に建設業者が工事費を算出して、工事契約を締結。そして工事がスタートするという段取りです。

この図面作成作業は、台湾でも大筋似た様な手順で進みます。

  1. 基本構想

  2. 方案設計

  3. 都市設計審議会申請/建築ライセンス申請

  4. 施工図設計

今回はこの"施工図設計"という言葉にスポットを当てて説明します。

日本における設計業務

一般的に設計契約を結ぶ際には基本設計と実施設計、これに監理業務を加えて一つの設計業務とすることが一般的です。基本構想の部分は設計契約を結ぶにあたっての建物の平面及びヴォリュームスタディー、概略の工事費の算定程度までで、本格的な設計業務は基本設計に入ってからになります。
または、基本設計業務の中にこの基本構想を含めて、作業を行った後にこの費用を基本設計の一部と捉えることをします。

基本設計がまとまると、行政あるいは指定審査機関に対して確認申請を行います。

そして、日本における実施設計の位置付けは、施工業者が工事に関わる費用を正確に見積もることができるための、仕様と数量を定めることと考えられています。

こうして、建築工事の規模と性能が定められ、施工業者が決まると、日本では施工業者があらためて"施工図"の作成を始めます。建築士の作った実施設計図をそのまま使って施工するということはなく、施工者の施工図担当者が全ての図面を施工用にチェックし直し、平面図や断面図を、細かなタイルの割り付けや、サッシの納まりなどに合わせて微調整を行っていきます。
日本では、そのために"施工図というのは施工者が描くもの"という理解になっています。

台湾における設計業務

台湾における設計業務でも、基本構想と方案設計の位置付けは、日本と同じ様なものです。方案設計が日本の基本設計とほぼ同じ意味合いになります。

日本の確認申請業務に相当するのは、都市設計審議会申請と建築ライセンス申請の業務です。台湾の場合、都市的視野で建築の内容を規定するという審査があり、これが建築ライセンスに先立って行われることが大きく違います。

台湾の設計業務で、日本の実施設計に相当するものは施工図設計であると言われます。これは、設計の段階としてはそうですし、この施工図設計を以て工事予算を確定するという意味でも似てはいるのですが、施工図設計という言葉の持っている意味は微妙に異なります。施工図設計図書というからには、施工者はこの図面の通りに施工するというのが本義になるのです。

施工図の意味合い

台湾の建築生産システムにおいて、日本と大きく異なることがあります。それは施工者サイドに建築師の有資格者はおらず、施工図を作成する能力に大きく欠けるということです。

日本では、建築設計事務所の描いた設計図書を施工者目線で全て見直し、非合理的な部分があればそれを指摘して修正する、より良いものに合理的なものにするという姿勢があります。
この設計図書に対する考え方は、台湾では大きく異なります。台湾では、施工者は設計図書のままに施工するもの。建築師の施工図は、その名のとおりそのまま施工すべきものと考えられています。

この姿勢の違いは、多方面に渡る建築業界の事情からそうなっており、一概に日本の方が良いという訳にはいかないと考えています。以下、その理由を説明してみます。

  1. 台湾では、営造会社が建築設計をすることを認められていません。従って、日本の様にゼネコンによる設計施工という工事受注をすることはできません。そのために、営造会社が建築師と同等の立場で設計内容のことを議論することが一般的にはできないのです。営造会社は建築師の先生の設計したものを、そのまま建てるのが本筋で、建築師に対して提案するなどということは、ほとんど行いません。

  2. 台湾では、建築師の数が圧倒的に足りないため、建築師の有資格者が施工サイドや現在メーカーにいることがまずありません。一般的に建築師は、建築師事務所に所属するか、事業者サイドに立ってプロジェクトマネジメントに携わるかのどちらかになります。

  3. 一方で、この様な建築師の業務の定義づけ、及び施工図の考え方は、アメリカの建築システムから来ているのだと考えています。僕はアメリカで仕事をしたことはありませんが、アメリカの建築士の立場は日本と比べて非常に高く、設計図書(shop drawing)は台湾の場合と同じ様に、そのまま施行されるべきものと考えられていると聞いています。台湾における建築師の業務は、中華民国時代になってから発展してきたもので、そのために施工図に対する考え方はアメリカンスタイルなのではないかと考えています。

これらの事情から、日本の実施設計図書と比べると、台湾の建築師が作成する施工図というのは、言葉の通り、そのまま現場で施工されるべきものと考えられています。
このことは、台湾で建築工事を進めるに当たって、日本の建築施工環境を前提に考えていると、同じ様には事態が進まないので注意する必要があります。

日本の施工会社の特殊性

この、日本の実施設計図書と似て非なる、台湾の施工図と施工環境を考えると、これは日本が世界のスタンダードなのではなく、逆に世界のスタンダードに近いのは台湾で、日本のシステムの方がイレギュラーなのだろうと僕は考えています。

日本の工場というのは、現場サイドからの提案がとても多くそして有益で、それが工場の生産性を上げる有力な手法になっていると聞いています。この工場の改善手法は英語にもなっており、"kaizen"と呼ばれています。これは、そもそも英語圏の社会にはない考え方だということです。
アメリカやイギリスにおいて、工場のシステムの合理化を図るのは、工場で働いている人ではなく、それは工場を設計する人であり、システムを考える人間になります。工場で働いている人が、自ら作業効率を上げるために何らかの提案をするということは、通常あり得ないわけです。しかし、日本ではそれが普通の風景としてある。

この現象は、建築の生産現場でも同じです。日本においては、建築の設計者よりも施工会社の方が、そして施工会社よりも各工事業者の職人や専門技師の方が、それぞれの工事に対して詳しい。また、それらの工事業者の中にも建築士の有資格者がいたりします。そんな環境の中で、建築士、施工者や専門メーカーも、台湾と比べると同等な立場で発言ができる。そして、施工サイドから施工を合理化できる様々な提案をして、それはフラットに話し合いの俎上にのる。その様に感じています。

台湾においては、施工に対する検討はそうはいきません。施工者は、あくまで建築師の描いた施工図をそのまま施工するのが任務で、施工図を改善するなどとは考えません。台湾の施工者にとって、建築師は大先生であり、寸分たりとも施工図に違えず工事をするのが使命と考えられます。
例えば、僕は施主の立場であり日本の一級建築士の資格を持っているので、台湾の建築師とはほぼ対等に話ができますが、施工者サイドの技術者は建築師に対して電話をすることさえ憚られる。施主を通してでないと話ができないそんな印象です。

ですので、日本の建築生産システムとその環境というのは、とても日本的なもので、外国に行くと通用しない。僕はその様に考えています。

その様な意味で、台湾における施工図というのは、日本の実施設計図書と比べると比較的重い意味を持っている。それは台湾における建築師の立場に呼応しており、そのことに留意しておく必要があります。

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