【台湾建築雑観】台湾の営造公司
前回、台湾の建築師の業務の様子について紹介しましたので、今回は台湾の建設工事を担当する会社、営造公司について書いてみます。建築師の仕事の内容が日本と台湾では異なるように、工事を担当する営造公司の仕事も、さまざまな面で異なります。
このテーマについては、直接日本の建設会社とは異なることを箇条書きにします。
1. 以圖施工(設計図通りに施工する)
建築工事を図面通りに施工するというのは、当然のことのように思われますが、実は日本では少し事情が異なります。日本の設計図書は実施設計と呼ばれますが、基本的な理解はこの図書で建築の仕様と規模、そして予算を確定するというところにあります。建設会社が決まって工事が始まると、彼らにより施工図があらためて描き起こされ、ほぼ全ての箇所について再チェックがなされると考えても過言ではありません。
そのために施工チームの中に施工図担当者がおり、建設会社として監理者に承認を求める全ての施工図を取りまとめます。
台湾の営造会社にはこのような役割の施工図担当者がいません。従って台湾では多くの場合、下請け会社から提出された図面がノーチェックで施主に提出されます。そもそも、台湾では実施設計図という言い方はせず、施工図と呼んで設計図書をまとめます。彼らの意識では、建築師の描いた施工図はそのまま施工すべきもので、あれこれ手を入れるべきではないのです。
2. 社内の設計部門が弱い、社内に建築師はいない
上で述べたことの背景には、何というか三権分立のように、施主 / 建築師 / 営造会社のそれぞれは独立していなくてはならない、という社会的ルールがあります。このルールがどこから来たのかは確認はしていませんが、中華民国は日本統治時代の後はアメリカに深く影響を受けているので、アメリカのスタイルではないかと想像しています。
ですので、営造会社が設計事務所を持つということはありませんし、従って営造会社の中に設計担当者はいないのが普通なのです。
この状況は日本とは大きく異なります。日本では、設計施工という言葉があるように、建設会社が自ら設計をし確認申請業務を行い、建物を竣工引き渡しするという業務スタイルがあります。台湾では、これはあり得ないわけです。
すると、様々な問題を解決する際に社内に設計をする能力を持つ人間が不在ですので、常に建築師にお伺いを立てなくてはならないことになります。日本では、同じように監理技術者に確認を求めるとしても、建設会社はもっと主体的に動くことができます。社内に法規検討をし、それを建築士に対して対等に説明する能力があるからです。
台湾では営造会社は、あくまで建築師に解決方法の指示をもらうという受動的な立場になります。
3. 建築工事を主体にしていて、設備工事が弱い
日本の建設会社は規模が大きいので、社内に設備工事を担当する人間をきちんと確保し、彼らが実際の設備工事を行う下請け会社をコントロールします。
台湾の営造公司では、建築関係の技術者はそれなりに揃っていますが、設備を担当するスタッフが手薄です。そのため、設備会社を充分に管理監督することができません。
4. 設計変更については細かく追加費用を請求する
これは、初めに書いた図面通りに施工するということと表裏一体になっています。
日本では、実施設計の内容で総工事金額が定まれば、その予算範囲内で諸々のやりくりが可能です。VEをかけて、同じ性能のものをより安価な工法で実現することが可能です。これがあくまで図面通りにということになると、そういう融通がききません。そして、工事の中で発生する、図面にないことについては常に営造会社からの増額要求がきます。
このことは、台湾独自の現象ではなく、欧米の建設工事契約でも同様であると聞いています。これは、日本式の請負工事により、金額が定まればその範囲でなんとかしろという態度は、世界一般では通用しないということなのかもしれません。
5. 会社の規模が小さい
日本のゼネコンと呼ばれる建設会社の営業規模は非常に大きなものです。そのため、従業員数、営業拠点の数、技術研究組織など多くの面で、台湾の営造公司とは比較になりません。
国の規模が小さいだけではなく、台湾人は独立心が旺盛なので、営造公司も日本のように巨大化せず、どんどん細分化してしまうのでしょう。
ですので、台湾国内でも技術的難易度の高い建築 / 土木工事は、日本のゼネコンの現地法人がよく受注しています。
6. 職人に対するコントロールがきかない
台湾で営造公司のスタッフと打ち合わせをしていて思うのは、彼らは下請けの意見を施主にそのまま要求してくるのかという疑問です。
日本では、施主の要求を最大限実現すべくコストの範囲内で下請け業者に交渉するのが建設会社の役割だろうと思うのですが、どうも台湾の営造公司は下請けにコストがアップしてしまうと言われると、思考をストップさせて、下請けの言い方をそのまま施主に伝えてくるように感じます。下請けとの交渉が最優先で、コストアップについての相談は最終手段という日本の感覚とは異なります。
7. 社内で検査をするという意識が薄い
日本では施主の検査の段階では、工事を実際に行った業者、建設会社の職員、監理技術者の三者のチェックが終わっており、ほぼ大きな問題はなく、形式的に見れば終わり。仮に何か修正事項があっても、軽微な修正というのが通常です。
これが、台湾では全く異なります。イメージとしては、下請け業者の工事が終わったら、営造会社の検査も、監理技術者のチェックもなく、いきなり施主に見せるという感じです。もちろんその段階では多くのダメ工事が残っており。検査不合格、改めて再検査となります。しかし、その程度が日本とは全く異なります。
この、施主に見せる前の自主検査という概念自体は台湾にもあります。そういうことを、行政から施工管理のフローとして要求され、三段階の検査ということがうたってあります。しかし、それは画に書いた餅のようなもので、工事監理に対する経験が不足していること、また監理業務が公共工事から強化されるという現状では、民間の工事では望むべくもないという印象です。
8. 工事の精度に関して信頼をおいていない
台湾の建築工事では、物事は計画通りにはできないというのが大前提であるように感じます。例えばコンクリートの開口にサッシを取り付けるといった場合、日本ではコンクリート工事が進行しているのと同時にサッシ工事が工場で進行しており、コンクリートが出来上がると、すぐにでもサッシは取り付けられる状態になります。
これが台湾では、コンクリートの開口寸法を図りチェックするという一手間をかけます。というのは、コンクリートが設計図通りに出来上がっているか、それが信頼できないからです。このような、工事の精度が信頼できないため、常に出来方を確認するという態度はあちらこちらで見られます。
9. 職人の仕事に対する意識が低い
これは、工事全体に対して感じることですが、日本の建設工事の現場は建設会社の職員から、それぞれの下請け工事の職人に至るまで、教育が行届き、その誰もが仕事に誇りを持って、誠実に熱心に対応しているように感じられます。
それに比べると、台湾では職人は仕事に誇りを持ってやっているわけではなく、単なる日銭稼ぎ。給料が良ければどこにでも行く。出来上がったものに対する品質は二の次で、引き渡すことが終われば後は知りません。そのような態度であるように感じられます。
そのため、発注先である営造会社に対していろいろなことを要求しても、なかなかそれが現場にまで伝わらない。笛吹けど踊らずというような様相です。建設工事全体の品質というのは、それぞれの細かな手仕事の積み重ねという面もありますので、この職人の素質と熱心さ加減というのは、最終的な工事の品質に大きく影響せざるを得ません。
日本の建設現場のレベルは確かに高いが、
以上いろいろ説明しましたが、高い品質を求めるという視点では、日本の建設現場の方が諸々高い水準にあると、客観的には思います。しかし、それがためにコストが高止まりしてしまうという欠点もあります。
仮に、台湾の建設コストが日本の半分だとしましょう。その価格で、日本の品質の8割方満足できる建物が建てられるとしたら、コストパフォーマンスは逆に台湾の方が良いということになってしまいます。建設業界というのは非常にドメスティックな産業で国際的な比較は難しいのですが、仮に外国に出て、国際競争入札で競争したとすると、品質/コストで台湾には敵わないという局面も考えられます。
例えば、台湾国内で日系の建設会社が競争力を持つのは、1. 高い品質を求められる工事、2. 規模が大きく複雑な工事、3. 特殊な技術を求められる特別な工事などです。台北101や員山子分洪道などは日本の建設会社の工事です。そのような特別な工事でなければ、台湾の営造公司の方が競争力があり、受注してしまいます。
そして広く世界を見回すと、台湾のこのような状況は、かえって一般的であるとも考えられます。逆に日本の建設工事の状況、建設会社の能力が非常に高いため、全体の建設工事の市場コントロールを図る、巨大な産業になり過ぎているという恐れも抱いています。世間を騒がす箱物行政や談合などという問題も、巨大な力を持つことになった日本の建設会社が自らの保存をかけた闘争という面があると思います。
このような巨大な力を持った日本の建設会社も手放しで喜ぶことはできないと、個人的には考えています。