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【小説】初華 死刑を求刑された少女 ~第五章~ (5)

(5)


 
「ただいま」


 玄関の引き戸を開けると、見慣れない靴が並んでいた。妻の春子が出迎えて、「お客様がいらっしゃってるわよ」と俺に言った。
 客? 誰だろうか。カグラさんなら正直なところ、お引き取り願いたい気持ちだった。先日のこともあって、なるべくカグラさんとは会いたくないと思っていたからだ。
 彼は初華ちゃんを殺害すると話していた。それが本気なのかどうかはわからないが、殺すと言っても、拘置所にいる彼女を一体どうやって殺すつもりなのだろうか。
 居間にいたのはカグラさんではなく、別の男性ふたりだったのでほっと息をついた。一人は肌が色白で太っていたが、柔らかい表情で温厚な雰囲気があった。もう一人は作業着姿で、まくった袖から黒々と焼けた筋肉質な腕がみえていた。まさしく土建屋という風貌だった。


「こんばんは。すみません、こんなお時間にお邪魔してしまって」


 最初に口を開いたのは色白の男の方で、どこかで見覚えがあると思ったが、彼らは一桜の葬儀に参列してくれた人たちだった。そして、初華ちゃんに殺害された被害者の父親でもあった。さきに挨拶をした方が望月陽葵の父親で、土建屋風の男が寺塚莉緒の父親だった。


「いえいえ、娘の葬儀ではお世話になりました。お二方の娘さんにも、一桜はよくしていただいてみたいで」


「うちの莉緒も、家では一桜ちゃんの話をしょっちゅうしていましたよ。櫻木先輩は先輩とは思えないくらいに可愛い女の子なんだ~ってね。まったく、先輩に対して失礼なヤツですよ」


 寺塚さんは陽気な笑顔を浮かべた。ふたりともつとめて明るく振舞ってはいるが、同じ娘を亡くした親として悵然の想いを抱いているであろうことは、手に取るようにわかった。


「おふたりとも、せっかくいらしたのだしお食事になさいますか?」と春子がにこやかに言うと、「いえいえ! 勝手にお邪魔しておいてお食事までお世話になるわけには!」とふたりとも手を振って遠慮をした。


「まあ、遠慮なさらずに。ふたりとも仕事終わりですか? 一杯、どうです?」


「いえ、わたくしどもは車で来ておりますので。それに家内が食事を作って待っているのでね」


 望月さんが遠慮をしたので、せめてお茶をと春子が台所に立って準備をはじめた。


「そういえば、先日カグラさんが一桜に線香を上げに来てくださいました。おふたりも娘さんを亡くされて、さぞおつらいでしょうね」


 俺がそう話すと、ふたりの顔が真剣なものに変わった。


「娘は亡くなったんじゃない。殺されたんです」


「そうだ。うちの娘は阿久津初華に殺されたんですよ。意味もわからずにね。莉緒がいじめなんてするはずがないんだ。あいつは、そういうのを一番嫌っていた」


 ふたりとも苦虫を嚙み潰したような顔で吐き捨てるように言った。


「そうなのでしょうね。娘の一桜も、お二方の娘さんのことはよく話してくれました。新体操部に入部したばかりの一桜の面倒をよく見ていてくれていたのだとか」


「ええ。それなのにおれらの娘は頭のイカレたあの女に殺されたんです。一桜ちゃんをいじめていたなんて戯言をふっかけられてね」


「先日、こられたカグラさんも、いじめはなかったとおっしゃっていたのではないですか?」


 確かに、心尊ちゃんは断じていじめはしていないと、カグラさんも話していた。キッチンから戻る春子の気配にふたりは口を噤むと、お茶を出した春子に会釈を返した。


「お二方も、娘さんが亡くなってさぞ大変でしょうね」


 そう言って腰を落ち着けようとした春子だったが、あっと手を叩くと立ち上がった。


「お茶菓子を忘れていたわ。あなた、今からちょっと梅華堂に行って買ってくるわね」


「今からか? 別に買いに行ってまで出さなくても」


「なにを言ってるの。お客様の前で失礼でしょ。すみませんね、不躾な主人で」


 サンダルをつっかけた春子は、「それじゃ、すぐに買ってきますから」と言って出かけて行った。
 春子を見送ってから居間に戻ると、ふたりはなにか落ち着かない様子だった。どうも、春子がいると話しづらいことがあるようだ。


「ところで、今日はどういったご用件でいらしたのでしょう? 一桜に線香を上げていただいたようですが……」


 立てられた線香に目を向けると、半分ほどが灰になっていた。
望月さんは寺塚さんに目配せをしてから頷き合うと、姿勢を正した。


「わたしらも、カグラさんの計劃に参加しようと思っています」


 湯飲み茶碗に伸ばした手が止まった。


「計劃って、まさか」


「阿久津初華を殺すんですよ」


 寺塚さんが血走った目を見開いて、静かに言った。このふたりもカグラさんと同じように、殺意を帯びた眼をしていた。さすがに止めないわけにはいかなかった。


「お気持ちはわかりますが、馬鹿な真似はよしたほうがいいんじゃないですか?」


「馬鹿? いま馬鹿な真似って言ったのか、あんた」


 語気を荒くした寺塚さんが、身を乗り出して睨んできた。言葉を選んだつもりだったが、気を悪くさせてしまったようだ。


「すみません、言葉が過ぎました。ですが、そんなことをしても娘さんが戻ってくるわけでもありませんし」


「わかってますよ。そんなことは。でもそれじゃあおれたちの気が済まんのですよ。あの女、おれの娘を殺しておきながら心の底から反省している様子も見せやしねぇ!」


 そういって声を荒げた寺塚さんは、テーブルを弾くように叩いた。おそらく、裁判で傍聴したときのことを話しているのだろう。初華ちゃんがまったく反省していないというのは、先日面会したときの彼女の様子で俺にもわかった。いったい、彼女はどうしてしまったというのだろうか。


「挙句の果てには、『悪いのはあの子を自殺に追いやった三人』だ? ふざけやがって!」


 怒りを露わにした寺塚さんに、「まあまあ」と言って望月さんが宥めると、寺塚さんは鼻を鳴らしてどかっと胡坐をかいた。


「寺塚さんの言うとおり、このままでは終われないんですよ」


「しかし、彼女に罰を下すのは司法の役目ではないのですか? お気持ちはわかりますが、自分たちが法を犯してまで、その、初華ちゃんを殺害するというのは……」


「なんだ、アンタ、あの女をかばうのか」


「いえ、かばう訳ではありませんが……」


 こめかみに太い血管を浮かべた寺塚さんに凄まれて、俺は言葉に詰まった。


「櫻木さん。本当にわたしたちの気持ちがわかるのなら、どれくらいあの女を憎んでいるのかもわかるでしょう。あなたの娘の一桜ちゃんも、あの女に殺されたようなものではありませんか」


 カグラさんも同じようなことを言っていた。初華ちゃんが娘を新体操部に入部させなければ一桜が自殺することはなかったのではないかと。それは俺も思っていたことだが、だからと言って、今さらどうすることもできない。


「この間、あの女の面会に行かれたようですね」


 望月さんが抑揚のない声で言った。なぜ、俺が初華ちゃんの面会に訪れたことを知っているのだろうか。


「それで、どうでした? あの女は。反省している様子はありましたか?」


「それは……」


 逡巡している俺をみて寺塚さんが鼻で笑った。


「反省しているわけないだろ。どうせアンタに代わって娘のカタキを討ってやったとか、ほざいたんじゃないのか」


 寺塚さんの言葉に心臓を鷲掴みにされた気分になった俺は、思わず俯いた。


「まさか、本当にそんなことを言ったのか」


湯気が出そうなほどに、寺塚さんの顔は真っ赤だった。


「あの女……!」


「櫻木さん、わたしたちね、阿久津初華を殺したいのは確かにそのとおりなんですが、真実を知りたいのですよ」


 寺塚さんは感情的になる傾向にあるようだが、望月さんは終始落ち着いていて、理性的な雰囲気があった。だからこそ彼の口から「殺す」という単語が飛び出すたびに異様な不気味さを感じていた。


「真実、ですか」


「あの女がおれたちの娘を殺した本当の理由をね。カグラさんも知りたがってる。いじめが原因で一桜ちゃんが自殺したわけじゃないってのは、あんたも知っているだろ」


「それは、そうですが」


 一桜が自殺した理由はわからないままだった。学校でのいじめはなかったようだし、家庭内でのトラブルも思い当たるものは何もなかった。しかし、もしかして一桜は何か悩みを抱えていたのではないか思うことはあった。それはもちろん、初華ちゃんのことでだ。
 やはり新体操に入部したことが、その後の悲劇に繋がったのではないかと考えていた。だが、確信はなかった。新体操をはじめた一桜は普段と何も変わらない様子だったし、むしろ新体操は楽しいと話していたほどだ。
 ところが、新体操部に入部してから一か月が過ぎると、一桜はあまり新体操のことを話さなくなった。しかし、部活にも慣れて特に話題にすることでもなくなったのかもと、そのときは気にも留めなかった。それに、こちらから新体操部について話を振ると、それにはちゃんと答えていたし、毎日しっかり部活に励んでいるようだった。
 そしてそれから間もなくして一桜は自殺した。M渓谷での飛び降り自殺だった。
 一桜の葬式で初華ちゃんは、棺桶に縋りつくようにして咽び泣いていた。あまりにも悲嘆に暮れて泣く彼女の姿に、俺たち夫婦も枯れ果てたと思っていた涙がとめどなく溢れてきた。その場にいたみんなが初華ちゃんに同情の眼差しを向けるなか、泣き腫らした六つの目だけは、初華ちゃんを強く睨み付けていたことを今でも憶えている。


「ただいま。あら、もう帰られたの?」


 紙袋を手に下げた春子が帰ってきた。


「ああ、つい今しがた帰ったよ。お前に宜しくって」


 そう言うと春子は困った顔をした。


「あら、残念ね。せっかく梅華堂の生どらやきを買ってきたのに」


 春子は「ま、仕方ないわねと」と言って紙袋を置いた。


「お夕飯にしましょうか。少し遅くなってしまったけれど、今から準備するわね。生どらやきは食後のデザートでいただきましょう」


「ああ、頼む」


 春子はエプロンをしてキッチンへと向かった。


『それにしても、カグラさんもあなた方もどうしてわたしにそんな話を?』
『それは、おたくも阿久津初華の被害者だからですよ』
『被害者って、一桜は殺されたわけじゃなくて、自死したわけですし』
『それだって、あの女のせいでそうなったんだろ? 十分被害者だろうが』
『櫻木さん、それを確かめるためにもわたしたちは真実を暴くんですよ』
『それっていうのは……?』
『本当に一桜ちゃんはいじめが原因で自殺をしたのかどうかをです』


 寺塚さんが畳みに膝を擦りながらずいっと前に出ると、真剣な眼差しで俺に言った。


『なあ、あんたも加わらないか』


 心臓が飛び出そうになった。何を言っているんだ、この人は。


『櫻木さん。わたしたちは阿久津初華の判決日までに真実をみつけ出します。もし、みつけられなかったとしても、わたしたちは計劃を実行します』


 決意の籠った望月さんの言葉に俺は息を飲んだ。


『真実がわかったら、櫻木さんにもお知らせします。もしその真実を知って櫻木さんの決意が固まったら、この場所へ来てください』
『それは、ちょっとお約束はできませんが……。それにしても、拘置所に身柄を拘束されている彼女からいったいどうやって真実を引き出すつもりなのですか?』


 俺の問いかけに望月さんはにっこりと笑った。しかし、薄く開いた目は完全に笑っていなかった。


『櫻木さん。わたし、ちょっと心理学をかじっていたことがありましてね。それを少し利用してあの女から真実を引っ張り出してやろうと思うんですよ』
『はあ。心理学……ですか』
『手はもう打ってあります。楽しみにしていてください』


 望月さんに渡されたメモには地図が書かれてあった。
 初華ちゃんを殺す? 馬鹿な。
 俺には妻もいるのにそんなことが出来るわけがない。
 そもそも、彼女を恨む理由がない。そんなことをしたって、一桜が哀しむだけだ。
 馬鹿馬鹿しいと思った俺は、メモを丸めてゴミ箱に投げ捨てた。


初華 死刑を求刑された少女 ~第五章~ (6)に続く


~第五章~ (5)の登場人物


櫻木世吾(さくらぎせいご)
自殺した一桜の父親。愛娘を亡くして茫然自失の日々を過ごしている。

櫻木春子(さくらぎはるこ)
自殺した一桜の母親。

寺塚國男(てらづかくにお)
初華に殺害された莉緒の父親。気が短く、初華を殺したい程に憎んでいる。

望月正巳(もちづきまさみ)
初華に殺害された陽葵の父親。カグラや寺塚と共謀して、初華の命を奪おうとしている。

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