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【小説】初華 死刑を求刑された少女 ~終章~


「それじゃ、巡回に行ってきます」


「お、新婚さんはやる気が違うねぇ。生まれてくる子供のためにも、父ちゃんが頑張らないとな!」


 宮田は職場の先輩にはにかむと、事務所を出て長い通路を歩いた。この仕事を始めてから、もうすぐ一年になる。
 突き当りのスチール製の大きな扉を開けると、賑やかな喧噪が耳に飛び込んできた。今日は、日曜日だからこどもを連れた家族連れやカップルが多かった。


「忙しくて女の子とデートをする暇もないなんて、冗談でも口にしたら怒られるだけじゃすまないな」


 自分の左手に視線を向けて小さく笑うと、なにかが宮田の足にぶつかった。


「いった~」


 尻もちをついていたのは、短いおさげの女の子だった。宮田が「大丈夫?」と声をかけると、女の子はすぐに立ち上がって「だいじょうぶ!」とニカっと笑った。と同時に、「ダメでしょ! 穂香! ちゃんと前を見て歩かないと」と、母親らしき女性の声が聞こえた。


「すみません、ほら、穂香もあやまりなさい」


「いえいえ! 自分、大丈夫ですから! 元気でいい子ですね。 穂香ちゃんていうんだ。可愛いね」


 宮田に可愛いと褒められた穂香は、元気よくはにかんだ。


「本当にすみません、お仕事中に」


 腰の低い母親をよそに、女の子は手すりがついたアクリル板にはりついて、階下を行き交う人々を楽しそうに眺めていた。


「まったく、穂香ったら」


「いえ、大丈夫ですよ。元気で可愛いお子さんですね」


「警備員さんは、お子さんが?」


「え? ええ、生まれてくるのは、もう少し先ですけど」


 照れくさそうに鼻を掻いて答える宮田に「まあ、それはおめでとうございます。楽しみですね」と我がことのように顔をほころばせて喜んでくれた主婦は、あとからきた旦那と女の子と手を繋いで人混みに紛れていった。別れ際に、女の子は小さな手を振ってくれた。うらやましいくらいに仲が良さそうな家族のうしろ姿に、宮田は子供の頃を思い出していた。


「俺の家族も、昔はああいう風だったのにな……」


 ゲームエリアに足を運ぶと、UFOキャッチャーやプリクラに興じる若い女の子たちで賑わっていた。歳は、初華と同じくらいだろうか。本当なら、あの中に阿久津初華と櫻木一桜、それに楠田心尊や寺塚莉緒、望月陽葵もいたはずなのではないだろうか。


 掛け違えたボタンは、最後までもとに戻ることはなかった。


 あの日――――。
 朝日を浴びて、穏やかな表情で横たわる初華は、まるで赤い薔薇に包まれて日向ぼっこをしているようだった。しかし、うっすらと開いた瞼のしたの瞳は、澄んだ青い空を映してはいなかった。口はまるで、フォークの使い方に慣れていない子供が、駄々草にミートスパゲッティを食べたときみたいに真っ赤になっていた。
 仰向けで倒れている男は、寺塚だった。首は血に染まっていて、血まみれになったナイフを握ったままこと切れていた。
 初華は救急車で病院に運ばれたが、到着後、間もなくして死亡した。背中をナイフで何度も刺されたことによる出血性ショック死だった。倒れていた寺塚莉緒の父親は首筋を食いちぎられて、彼女と同じく出血多量により死亡した。寺塚は、被疑者死亡で書類送検された。


 阿久津初華が死亡したことにより、裁判所は被告人死亡で公訴を棄却した。5人を殺害して注目を集め、戦後初の死刑を求刑された未成年少女の裁判は、被告人死亡という衝撃的な結末で幕を下ろした。


「初華ちゃん、きみは……」


 ゲームに夢中になっている女の子を見つめながら呟いた宮田の言葉がそれ以上、続くことはなかった。
 彼女もまた、死の間際で振り返ったのだろうか。自分が生きてきた、短い路(みち)を。


 望月陽葵の父親と櫻木一桜の父親である櫻木世吾は、殺人幇助の容疑で逮捕された。ふたりの取り調べでの供述により、Y拘置所に勤務している刑務官の杉浦夏蔵(すぎうらかぐら)が、殺人の教唆の疑いで逮捕された。
 杉浦夏蔵は阿久津初華が殺害した楠田心尊の叔父であり、心尊の母親の弟だった。実家で一人暮らしをしていた杉浦夏蔵の母親はもともと心臓が悪く、楠田一家殺害事件後に心筋梗塞で亡くなっていた。杉浦は無罪を主張しており、現在も裁判で争っている。
 裁判所に阿久津初華を護送していた海老原、中村、宮田の三人は、被告人を護送中に死亡させたとして懲戒免職となった。
 Y拘置所に警察の家宅捜査が入り、杉浦の私物ロッカーから阿久津初華あての手紙が発見された。封書に書かれていた差出人の名前は、赤津猪鹿蔵だった。中の手紙をあらためると、手紙を書いたのは、阿久津初華の母親である阿久津華永だった。便箋に達筆な文字で、阿久津初華に宛てられた手紙が綴られていた。手紙を最初に読んだのは阿久津初華本人ではなく、Y警察署捜査第一課の木島だった。

拝啓 阿久津初華様
 はじめまして。お母さんです。はじめましてと言うのはおかしいかしら。きっと、あなたは驚いていることでしょうね。あなたに差し入れをしていたのは、私です。信じられないと思われるかもしれませんが、赤津猪鹿蔵の正体は、お母さんです。
 差し入れたお金は、役に立ちましたか? いつものお小遣いよりも少ないですが、あなたはとても悪いことをしたので、これはお母さんからあなたへの罰です。無駄遣いをしないように大事に使ってね。
 あしながおじさんを久しぶりに読んでみてどうでしたか? あなたは憶えているかわかりませんが、小さいころのあなたは、よくあしながおじさんの絵本を読んでいましたね。さすがに絵本は、と思ったので文庫本を差し入れることにしました。
 あなたは、とてもとても許されないことをしてしまいました。あれだけ散々人に迷惑をかけないように言い聞かせてきたつもりだったのに、こんなことになってしまってお父さんとお母さんはとても悲しいです。
 しかし、今になってようやく、気が付きました。あなたがこんな事をしてしまったのは、もとはと言えば私のせいであると。ただただ、あなたに厳しくするだけで、あなたと向き合うことを私はしませんでした。あなたのことを認めているのに、褒めることはしませんでした。自分の娘なのに、心の中ではあなたを見下していました。本当に、ひどい母親ですね。二回目の裁判の前日にあなたに言ってしまった言葉を、今も後悔しています。
 きっとあなたは私のことを恨んでいるのでしょうね。娘の裁判にもこないなんて、信じられない母親だと思ったことでしょう。本当に、お詫びの言葉もありません。私は逃げてばかりいました。現実からも、娘であるあなたからも。挙句の果てには、赤津猪鹿蔵という人物まで演じてあなたに差し入れをするなど、自分でも呆れるばかりです。
 もうすぐ、あなたに判決が下されますね。あなたに死刑が求刑されたとお父さんから聞いたときはショックでした。確かに、あなたは死刑に値する罪を犯しました。しかし、それも私の責任です。代われるものなら代わってあげたいと、毎日思っていました。
 あなたは死刑を求刑されましたが、無期懲役になるかもしれないと弁護士さんから伺いました。私はあなたが生きていてさえくれるなら、それでもいいと思いました。どれだけ罪を重ねようと、あなたはお母さんの娘なのですから、やっぱり生きていて欲しいです。
 我ながら勝手なことばかり言っていますね。無期懲役も、刑務態度がよければ仮釈放をもらえる可能性があるとお話を聞きました。それがいつの日になるのかはわかりませんが、お母さんはあなたが出所するまで、いつまでも待ち続けます。
 そういえば、あなたはせっかく聖フィリア女学院に入学したのに卒業を迎えていませんでしたね。もし、あなたが出所したら、親子だけで卒業式をしましょうか。卒業旅行に行くのも、きっと楽しいでしょうね。親子水入らずで温泉にでも入って、いろいろお話がしたいです。それからまた一緒に暮らしましょう。いっぱい、お話をしましょう。判決日の前日にあなたに逢いにいきます。拘置所の部屋はとても寒いと伺いました。風邪を引かないように、夜は暖かくして寝てね。お母さんはいつもあなたのそばにいて、あなたを見守っています。
敬具 赤津猪鹿蔵ことあしながお母さんより


                  ー終ー

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