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空虚と描写 02

 どうしてそうなったのか、それを知るものは誰もいないし、おそらくは確かめようもないことなのだが、海を突き進む船の波紋のような形で、あるいは鉤(かぎ)のような形で、黒のビニールシートの一部分が裂かれたことによって、露出し、大気に触れている、乾いた薄茶色の地表には、灰や白や臙脂っぽい色の大小様々な形の石が散らばり、枯れて色の抜けた長い雑草の茎の束と、地中深く埋まっている内の一部分だけが飛び出たパイプやバルブの類、そして空の、ラベルも剝がされたペットボトルが一本、転がっているだけであり、その地表の周りのシートで覆われている部分は、ところどころの隙間や破れ目から、雑草が自由に伸び放題になって、もう茂みのようになっている部分もあるほどで、その上、アスファルトの路面とを隔てる境界線上に、ぽつんと一本だけ突き刺してある木の細い杭の、根本辺りに巻き付けられたロープはと言えば、他のどこにも結ばれることなく垂れ下がっていて本来果たされるべきであろう結界の役割を放棄しており、いかにも放置されたままになっているという様子は、シートの外の領域、すなわち規則正しく整然と積まれたコンクリートブロックとその上部にみえる、外に出るためのガラス窓に、クリーム色のペンキで塗られた落下防止の為の柵が備え付けられ、換気扇が添えられている、ベランダを持つ隣家の壁や、もうひとつの、紺色のブロックを並べられた屋根と、二階部分に四つ、一階部分にも同じく四つの窓と、ひとつの黒いドアをもつ隣家の裏面の、自然を寄せ付けないような、人の住む気配が匂ってくるような領域とは、雰囲気の点でやはり完全に対照的だと言えるかもしれないが、それでもよく瞳を凝らすことが出来れば、ベランダのペンキが微妙に剥がれていたり、壁を這う白いパイプの黒ずみなどを発見できるはずで、つまりそこは完全に断絶した世界なのではなく微かな交流で繋がっているひとつの世界なのだ。

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