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偽らざる実態

一 小学校と中学校

二○一二年のことです。私の勤務していた中学校の校舎が建て替えになりました。ちょうど隣接して建っていた小学校も建て替えの時期だったので、二つの学校が同じ校舎になりました。 いわゆる「小中併置校」ではありません。二つの学校が同じ校舎を共有する「合築(がつちく)校舎」です。しかも、中学校は生徒八○○人規模、小学校は生徒七○○人規模と、お互いに大規模校同士の合築でした。小学校と中学校とで職員室が一緒、印刷室も給湯室も一緒、ロッカー室も一緒、年に数回の校内研修会も一緒と、私にとっては転勤するまでの三年ほどの間でしたが、なかなかできない体験をすることになりました。

子どもたちから見ても、図書館が一緒、避難訓練も一緒と、小学生と中学生がともに活動する場面が増えていきます。小学校が中学校のグラウンドにスキー山をつくったり、中学校が部活動で小学校の体育館も使わせてもらえたり、これまた、なかなか体験できないような出来事もありました。

職員室が一緒ですから、当然のことなから、小学校教師と中学校教師がお互いの生徒指導場面・生活指導場面を見ることにもなります。小学校の先生が私たちからは幼児のようにしか見えない子どもに論理的にお説教をしている場面、一八○センチもある男子生徒が職員室で暴れるのを私たちが総出でおさえつけなだめようとしている場面、小中の先生方がお互いにお互いのそんな姿を目にするようになったわけです。

ある日、小学校の校長先生と話していたときのことです。校長先生がおっしゃいました。
「正直ねえ、僕らは小学校六年生というのが、ある種の完成品だと思っていた。立派な六年生にするために僕らの仕事があると感じていた。でも、中学校を見ていて、六年生の後にはこんなにもいろんなことがあるんだなあ……と、毎日勉強になっていますよ」

私は「なるほど。そんな風に感じているのか」と思いながらも、「それは中学校にはない感覚だな…」と感じていました。そう言えば私にも覚えがあります。小学校六年生のとき、「君たちは学校の顔なんだから」とか、「他の学年のお手本になるような行動をしなければなりません」とか、「みんな見ていますよ」とか、「児童会はあなたたちにかかっています」とか、「この学校はきみたちの頑張りにすべてがかかっているのです」とか……そんなことを四六時中言われたように思います(笑)。そして正直、内心では「そんな完璧にできるわけないじゃないか……」と思っていた記憶もあります。

二 学級担任制と教科担任制

三学期。小学六年生が中学校に授業見学に来ます。私たちが小学校を訪問して、六年生に中学校のオリエンテーションをする場合もあります。どちらも六年生の担任の先生が私たちを紹介してくれます。そんなとき、いつも違和感を感じることがあります。
「いいですか? 中学校はほんとうに厳しいところです。いまのきみたちのままでは決してやっていけません。これから気を引き締めて生活しないと……云々」

こういう話の後、「では、堀先生、お願いします」と引き渡されます。おいおい。こっちは中学校は怖くないよ、大丈夫、少しずつ慣れていこうね……と、ハードルを下げようと思ってやって来ているのに、これでは逆効果です(笑)。 おそらく現在の中学校は、多くの小学校の先生方がイメージしているよりも、ずっと「ゆるい場」です。もう竹刀を持った角刈りの生徒指導の先生もいませんし、日常的に怒鳴る先生もいません。スクールカウンセラーもいますし、学びのサポーターもいます。先生方は割と丁寧になってきていますし、部活動で怒鳴り散らされるということもほとんどなくなっています。

もちろん、一部、荒れが激しい地域や、まだ二○世紀を引き摺っている田舎の中学校に行けばそういう実態が残っている場合もあるでしょうけれど、一般の中学校からはそうした雰囲気は一掃されている、というのが現実です。
仮に、中学校教師が訪問しての引き継ぎのときに、「中学校は厳しいぞ。あんたたちちゃんと指導してくれてるんだろうね」というような雰囲気を醸す先生が主流派だとしたら、それはかなりレアなケースです。たまたまその中学校の体質(或いはその地域の中学校の体質)が古いだけです。その中学校も数年の間にはその体質を改善しなければならないのが現在の風潮ですから、小学校の先生方がその中学校の体質に合わせる必要はたぶんありません。

おそらく、中学校は子どもたちから見れば、「厳しい」という印象はそれほど与えないのではないかと思います。その証拠に、中1の生徒たちからよく、「中学校ってもっと厳しいのかと思っていた……」という話をよく聞きます。小学校の先生からも、親からもそういう話をよく聞いていたとも言います。しかし、現在の中学校は、おそらくそうした印象ではありません。 ただし、子どもたちは中学校の先生に対して「冷たい」という印象は抱くようです。「厳しい」というよりは「冷たい」です。これは簡単に言えば、小学校時代と違って、中学校の先生は子どもから見て「距離が遠い」のです。
つい先日のことです。北海道には毎年、冬になるとスキー学習があります。二週に一度、1日かけて二クラスが合同でバスに乗ってスキー場に行くわけです。給食時間、食事をとりながら生徒たちとスキー学習の話をしていて、生徒たちが担任の私も行くものだと思っていて大笑いしたことがあります。小学校のスキー学習ではすべて担任が引率していたからなのでしょう。小学校としては当然のことです。
「なにを言っとる。あれは体育だ。先生は他のクラスに国語の授業をしてるに決まってるだろ。国語の先生だもん」
そう言うと、生徒たちは一様に驚いていました。スキー学習を遠足か何かの行事だと思っているわけですね(笑)。体育の授業の一環として、評定資料とされるテストさえ行われるスキー学習だというのに。

おわかりでしょうか。私は国語教師で、一学級あたりの授業時数も割と多い教科です。それでも私は担任する学級に国語で4時間、道徳で1時間、学活で1時間、総合で2時間の計8時間しか授業には入らないのです。あとの21時間は別の先生が教科担任として学級に入ります。中学校はシステムとして、教師との距離が遠くなる構造なのです。体育の先生であれば、男子の体育しか授業でもたないので、女子生徒とは道徳・学活・総合でしか授業でかかわらないなんていう教師さえいます。

例えば、皆さんの担任している子どもたちは、授業中にトイレに行きたくなったときに、担任の皆さんには「先生、トイレに行ってきていいですか?」と気軽に言えるかもしれません。だれかとトラブルになって、いやな思いをしたという場合には、すぐに担任の先生に相談することもできるかもしれません。

では、皆さんの担任する子どもたちは、担任の先生以外にも気軽にトイレに行かせてくれとか、ちょっと相談があるのですけれど……とかと言えるでしょうか。週に一時間しかない音楽や美術の先生にも。週に二時間しかない技術・家庭科の先生にも。体育は男女に分かれていますから、場合によっては授業でかかわることはないという先生さえいます。

皆さんは、中学校は厳しいから子どもたちにきちんとさせなければならない、そういう発想で指導しているかもしれません。しかし、きちんとしているか否かよりも、実は自分のことは自分でできる、自分の要求したいことは自分でちゃんと言える、それもよく知らない距離の遠い人に対してでも言える、そして失敗したときには自分で責任を取る、そういうことが中学校では求められるのです。

中学校教師は自分の学級ばかりを見ているのではありません。例えば私なら、確かに現在、1年1組という学級の担任です。小学校教師ならば、この担任する学級の子どもたちを育てること、成長させることが仕事のほぼすべてになるはずです。生活指導も、学力保障も。

しかし、中学校は違うのです。私は1年1組の学校生活に関する責任を担ってはいますが、学力保障については国語科に関してしか責任をもっていないのです。数学の責任は数学の先生が、理科の責任は理科の先生が負っているのです。その分私は、1年1組から5組までの5学級分の国語学力を保障する責任を担わなければなりません。中学校とはそうした構造をもつ教育機関なのです。正直、中学校教師にとって、担任業務というのは仕事の半分とさえ意識されておらず、三~四割と意識されているのが普通なのです。

三 コミュニケーションの広さ

冒頭に、小学校六年生は学校の顔であると、いろいろな面で高い要求をされていると述べました。私はもちろん、そうした指導を否定するつもりはありません。

ただ、六年生としてきちんとしていることを求めるとか、下級生の見本としてリーダーシップを取れるとか、そういうことと同じくらいの重みをもって、どんな人とでも話ができる、どんな先生にも思いや要求を伝えられる、そうした人間関係の広さ、コミュニケーションに対する広さをもつことがこれからは大切なのだという指導が必要であると、小六担任は大きく意識しなければならないのではないか、私はそう申し上げたいわけです。

中学校に入学すると、生徒たちは「子ども返り」するものです。これまで六年間にわたって一段ずつ階段を昇ってきた。最上級生として責任をもって一年間を過ごした。そのプレッシャーから解放され、右も左もわからない中学校という器に入れられます。小学校時代のように担任の先生を頼りにしようとしてみると、どうも小学校の担任の先生よりは距離が遠い。担任の先生は僕たちだけを見てくれているわけではないようだ。他人に迷惑をかけたり、トラブルを起こしたりしない限りはどうやら放っておかれるのが中学校のようだ……。

これが偽らざる実態なのかもしれません。

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