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【小説】キヨメの慈雨 第五話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。




 水の拳を握り締めて、意澄は殺された少女を担いだ女に殴りかかる。突然の襲撃にも女は楽しそうに口を歪め、上体を軽く動かすだけで難なくかわした。

「やめろ御槌意澄!君の力がどれほどのものかは知らないが、花村望はなむらのぞみとは戦うな!」

 日尻が叫ぶが、意澄は止まらない。花村というらしい女にさらに拳を放つ。右拳だけでなく左拳にも雨を集約し、超高圧水を連打する。花村は上体を捻ったり顔を反らしたりしながらこれを全て回避した。大柄で筋肉質という訳ではないのに人間一人を抱えてこの動きができている辺り、花村はコトナリヌシ、それも憑いているのは上級のコトナリなのだろう。

 しかし意澄の攻め手はそれだけではない。雨粒を集めて花村の足元に発射する。それも一つではなく、何発も。花村はようやく足を動かして、これさえも避けた。屋根瓦に小さなヒビが入る。さらに意澄は雨粒の弾を放ち、同時に拳で畳み掛ける。花村は巧みなフットワークによって、意澄の攻撃を何一つ浴びることなくじわじわと後ろへ下がっていった。意澄の疲労を待ち、逃げる隙を窺っているのだろう。

 もちろん意澄には逃がすつもりなど無い。両拳と雨粒の弾を用いて、さらに攻勢を強める。だが花村には一発も当たらない。花村の顔から、次第に喜悦の色が失せていく。ただでさえ攻防にもならず遊ばれているだけなのに、相手がこちらに興味を失ってしまったら、あるいは逃げる隙を与えたら取り逃がしてしまう。それはわかっているが、意澄は徐々に息切れを起こし、汗と雨が混じりあってカッターシャツが身体に気持ち悪くへばりついている。

「急激な能力の使用と運動によって体力が削れているぞ。冷静になれ意澄」

 頭の上に器用に載っかったチコがささやくが、応える余裕は無い。前に踏み込んで全力で拳を放ったとき、意澄の顔は疲労と苦痛に歪んだ。それを見て花村はため息をつき、それまで小刻みだったフットワークをやめて思い切り後ろに跳んだ。遊びに飽き、完全に逃げるつもりだ。

 だが、意澄には逃がすつもりなど無い。

 ゴッッッ!!という衝突音がして、花村の体が前に傾いた。足が止まり、呻き声を洩らす。沈み込んだ顔に向け、意澄は横蹴りを放った。それは追い討ちであり、トドメであった。

 それでも花村は意澄の足を掴み取り、顔を上げた。驚く意澄に花村は口を開く。

「······ただの不運な素人だと思っていたが、まさかコトナリヌシ、それも上級のヌシだったとはな」

 花村は先ほどまでとは違い、獰猛に笑っていた。

「拳と雨粒で前方及び足元に注意を向けさせておいて、後方に高圧の水塊を用意しておいたか。苦しそうな表情は水塊を作ったことによるものだろうが、それすらも私が後方に逃げることの誘導に使い、結果見事にお前の目論見は叶って私は間抜けにも頭をぶつけた訳だ。ああ全く、ただの素人などではなかった!なぜこれほどの実力をもった上級のコトナリヌシがノーマークだったんだ!?ああ全く、面白いぞお前は!」

 花村は眼を真っ黒に輝かせて、意澄の足を払ってから体勢を立て直した。意澄はどうにか受け身を取り、屋根から転がり落ちないようにかかとを立てて踏ん張る。

 花村は少女の遺体を担いだまま跳び上がり、意澄の顔めがけて落下してくる。意澄は瞬時に全身を水に変化させてこれをやり過ごし、相手の背後に回ってから元に戻って先ほどダメージを与えた後頭部に向けて拳を放った。しかし花村は空いた手で拳を防ぎ、回し蹴りで意澄の脇腹を薙ぎ払った。自動車にはね飛ばされたように意澄の体が吹っ飛び、隣の家の屋根にめり込んだ。蹴りと消耗。外と内からの脇腹の痛みに耐え、意澄は何とか立ち上がった。直後、花村が砲弾のように突っ込んでくる。意澄が必死に高圧の水を発射すると、花村は両腕を交差させて顔をかばったが流石に押し戻された。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ······!」

 意澄は息を切らしつつも水を操作し、再び水塊を作って着地を待たずに花村の顔にぶつける。しかし今度は超高圧でぶつけて意識を刈り取るためでなく、顔を水で包んで意識を奪うためだ。

「意澄、わかっていると思うがやつは能力らしいものを使っていない。ただ上級コトナリのおまけだけでここまで戦っている。消耗具合もやつの方が少ないだろう。気をつけろよ」

「わかってるよ······!大丈夫だから」

 意澄は花村の顔を包む水を維持しながら応えた。だが次の瞬間、ジュッ!という音と共にその水が消滅した。意澄はわずかに戸惑った後にすぐ雨粒の弾を放とうとするが、膝から力が抜け、崩れ落ちる。

「弱い」

 そんな意澄を見て、花村は一言でそう評価した。

「コトナリは上級のようだが、それにしては弱い。確かにコトナリヌシのセンスは光るものがあるが、コトナリ自体が弱いな。先ほどの水塊による窒息攻撃も発想はいいが、コトナリの力が弱いために私の熱ですぐに蒸発してしまった。上級とはいえ、ヌシの体を強化し操ることができるというだけではないか。ヌシへ大きな負担を強いている。悪いが、そんな程度では最上級のヌシである私には勝てない」

「最上級······だと!?」

 膝立ちで呼吸を整えようとする意澄の代わりにチコが驚く。花村は大したことではなさそうに、

「そうだ。私には炎熱系最上級のコトナリが憑いている。半端な上級では私には届かないぞ」

「······だが、炎熱系なら水を操る我々の方が有利。さらに天候は雨だ。お前、自分の状況をわかっていないのか?」

 チコの言葉を花村は鼻で笑って、

「一つ自慢をしてやろう。三年前の夏、私はあの豪雨の中、水氷系最上級のコトナリを撃破している。系統も天候も無意味だ。ましてや半端な上級のお前に、私を倒せるはずがない」

「さっきから、半端半端って······いい加減にしてよね」

 黙っていた意澄が、立ち上がった。

「チコは······すごいんだから。この子がいなかったら、わたし死んでたんだよ。わたしを助けてくれたんだよ。だから······半端なんかじゃない。チコを、バカにしないで」

「何だ、お前は私に要求することが多いな。別にバカにはしていない。単に事実を言っているだけだ。難なら、試してみるか?」

 花村の手に、炎が揺らめいた。彼女はそれをボールや果物のように放り投げて上下に弄び、その度に炎は大きく明るくなっていく。

 それに対して意澄は、何も言わなかった。ただ立ち上がって、右手をかざす。戦意を示すには、それだけで良かった。

「······全く、面白いよお前は」

 合図は無かった。花村が開いた手から高熱火炎を放射すると同時、意澄も高圧水流を発射する。両者は空中で激突し、ジュゴゥッ!!と凄絶な音を立てた。火炎が水流を消し去り、水流が火炎を飲み込む。体が悲鳴を上げるが、意澄は無視した。さらに水圧を強め、水量を増やし、雨を取り込む。自らが放つ水流の勢いに弾かれそうになり、意澄は左手を右手にあてがった。震える脚に力を入れ、歯を食い縛る。

 それでも、足りなかった。

 意澄の水流は花村の火炎にじわじわと押されて、その勢いも次第に弱まっていく。それを察した花村は口を三日月状に歪め、

「お前との戦いにおいて私の能力使用はこれが初めて。コトナリは最上級だ。対してお前はどうだ?初手から全力で能力を使いまくっていたな。コトナリは不完全な上級。どれ、ガソリン満タンの燃費がいい車と、元からガソリンを消費しているうえに燃費も悪い車。どっちが長く走れるか勝負してみるか?まあ、お前がガス欠になる前に決着はつきそうだがな」

 言う間に花村は大股で意澄との距離を縮める。意澄は必死に反撃しようとするが、花村の火炎はさらに熱を上げ、勢いを強める。そして意澄と花村の距離は2メートルもなくなってしまった。熱気が押し寄せ、髪が焦げそうになる。意澄の右手から放たれる水流の長さはもはや拳一つ分すらない。

(このままじゃ、負ける······!)

 意澄が奥歯を噛み締めたとき、

 ドゴッッッ!!と激突音が轟いた。意澄の目の前から、花村が消えている。代わりにそこにいたのは日尻だった。その拳はプラチナ色に輝いており、意澄はそれから直感的に硬質な印象を受けた。

「言ったろう。花村望とは戦うな、と」

 日尻は意澄に目を向けず、厳しい声色で言った。意澄は日尻が見つめる先に目線を向け、三軒先の屋根に花村が叩きつけられているのを見て、ようやく彼がプラチナ色の拳で彼女を殴り飛ばしたことを理解した。

「彼女とは私が戦う」

 毅然と、日尻は宣言した。

「······私と戦うだと?不意打ちのチャンスを窺うしかできかったようなやつが、ずいぶんデカい口を利くじゃないか」

 起き上がった花村が、唇の端を拭いながら言った。日尻はため息をつき、

「周囲の住民や家屋に影響が無いように調整するまでに時間が掛かってしまった。見ろ、君がぶち当たってもその家の屋根は傷一つ無いだろう」

「調整したのはあたしだけどなー!」

 下からなつめの大声がする。それに親指を立ててから日尻はようやく意澄の方を見て、

「すまなかった。彼女を相手によく踏ん張ったな」

「あ、まあ、思ったより強くてびっくりしましたけど······」

 意澄の返事に日尻は苦笑して、

「案外余裕だな。確かに君は面白い」

 それから花村の方を向き直して、

「一つ、訂正がある」

「訂正?」

「ああ。先ほど『彼女とは私が戦う』と言ったが······」

 空気が震えた。意澄がそれを認識したときには、再び花村が吹っ飛ばされていた。下を見ると、明日海がさっきまで花村がいた場所に向けて両手を開いている。彼女が何かをしたことは明らかだった。明日海だけではない。なつめも柿崎も高館も、皆眼に戦意が宿っている。

 日尻が、もう一度宣言する。

「彼女とは、私達が戦う」


〈つづく〉



 


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